第8話「七味フェス、準備はOK?」
「来月のグルメフェス、企画チームリーダーに任命されたの。で、田中くんには手伝ってもらうから」
それが、七味さんからの“仕事指令”だった。
会社が主催する、自社食品をPRする社外イベント「グルメフェス」。
今年は各チームでテーマブースを出すことになっていて、七味さんはもちろん――
「七味×○○で新しいおいしさ発見ブース」
をやるらしい。
「ちょっと辛いけど、クセになる。“七味の新常識”を広めたいんだ」
七味さんの目は、本気そのものだった。
「やるからには、味でも、見た目でも、インパクト残したい。大事なのは“食べやすさ”と“驚き”のバランス」
完全に企画会議モードである。
七味さんって、こういうときやたら頼もしい。
* * *
フェスの準備は、思った以上に大変だった。
七味に合うメニューの試作、見栄えのいい盛り付け、ブースの装飾、ポスターの準備……
「ここ、赤い紙よりも唐辛子柄の方が目立ちますね」
「でも、それだと辛そうすぎて引かれるかも」
「……確かに」
意見が食い違う場面もあった。
特に、七味さんはこだわりが強い分、“攻めすぎる”傾向がある。
対して俺は、つい“万人受け”を優先してしまう。
「このレシピ、ちょっと優しすぎる。七味の良さが埋もれてる気がする」
「でも、初めての人にはそれくらいが食べやすいかと……」
そのやり取りのあと、少しだけ重たい沈黙が流れた。
──このままじゃ、うまくいかないかもしれない。
そんな不安がよぎった時――
七味さんが、ぽつりと言った。
「……難しいね。自分の“好き”を人に伝えるって」
その声は、少しだけ寂しそうだった。
俺は慌てて答える。
「でも、七味さんの“好き”って、ちゃんと伝わってますよ。僕には」
「……ほんと?」
「はい。最初は“変な人”だと思ってましたけど」
「やっぱり思ってたんだ」
「でも今は、七味さんがどれだけ“好き”を大事にしてるか、ちゃんとわかります。だから僕も、それをちゃんと伝えられるブースにしたいです」
七味さんは、数秒黙ったあと――
「……うん、そうだね。一緒にがんばろ」
と言って、小さく笑った。
その瞬間、すべてが“元に戻った”ような気がした。
いや、たぶん、前よりもうちょっとだけ近くなった。
* * *
その日の作業後、帰り道。
七味さんがぼそりとつぶやいた。
「田中くんって、意外と頼りになるね」
「……え、なんか嬉しいです」
「まぁ、グルメフェスが終わったら忘れていいよ」
「褒めが一回限定なんですか!?」
「ふふ」
そんなやり取りをしながら、夜風のなか歩くこの時間が――
少しだけ、特別に感じた。
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