《第二章》第一節:公園のランチ、そして予期せぬ遭遇

電車を降り、地図アプリを頼りに歩くこと数分。目指す資料館の近くに、小さな公園があった。鮮やかな緑の芝生が広がり、子供たちの笑い声が響いている。桃は嬉しそうに、真司にお弁当の包みを差し出した。


「真司さん、ここでお弁当食べない? ちょうどいいベンチがあるわ」


真司は、桃が選んだベンチに促されるまま座り、未だに少し興奮した面持ちでお弁当を見つめていた。まるで、人生で初めての宝物でも見つけたかのようだ。


「桃さん、本当にありがとうございます……まさかお弁当を作ってくださるなんて」


真司は、丁寧に包みを開けた。中には、彩り豊かなおかずがぎっしり詰まっていた。卵焼き、唐揚げ、ブロッコリーのおひたし、そして可愛らしいタコさんウインナー。桃の性格がそのまま出ているような、愛らしいお弁当だ。俺は桃の肩から、その全てを鮮明に観察する。


「う、うん。大したものじゃないんだけどね。でも、真司さん、いつも頑張ってくれてるから、少しでも喜んでくれたら嬉しいなと思って」


桃は照れくさそうに俯いた。その頬は、公園の陽射しに負けないくらい赤く染まっている。


真司は、箸を手にすると、まず卵焼きを口に運んだ。

「……美味しい」

彼が絞り出した言葉は、それだけだった。だが、その瞳は感動で潤んでいるように見えた。彼はゆっくりと、一つ一つのおかずを味わうように食べていく。その間、二人の間に特別な会話はなかった。だが、その沈黙は、居心地の悪いものではなく、穏やかで温かいものだった。


俺は、そんな二人の間に流れる空気を肌で感じていた。普段のオフィスでの真面目な顔とは違う、リラックスした表情の真司。そして、隣で嬉しそうに微笑む桃。まるで、遠足に来た小学生のようだ。俺のひねくれた心も、この瞬間だけは、どこか和やかな気分になった。


食事も終盤に差し掛かった頃、不意に声が聞こえた。


「あれ? もも? ももじゃないか!」


聞き覚えのある、しかし、できれば二度と聞きたくない声だ。

桃と真司が顔を上げると、そこに立っていたのは、見慣れた男だった。

すらりとした長身に、整った顔立ち。

俺の古い記憶が蘇る。こいつは……確か、前の飼い主だった男だ。

あの、俺を飾り物扱いした、薄っぺらい笑顔の男。


桃は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作った。


「健太さん! お久しぶりです。こんなところで会うなんて、偶然ですね」


健太、という男は、桃に近づくと、馴れ馴れしい様子で声をかけた。


「本当に奇遇だね。元気にしてた? 相変わらず可愛いなぁ、ももは」


健太の視線は、桃に注がれている。そして、ちらりと真司の方を見たが、すぐに興味を失ったかのように桃へと戻した。彼の視線は、どこか俺を値踏みするようで、俺は本能的に身構えた。


真司は、その健太という男の出現に、明らかに動揺しているようだった。

彼の顔から、先ほどまでの穏やかな表情が消え、眉間に薄く皺が寄っている。

手元のお弁当箱を握りしめるその手には、僅かに力が入っていた。


「こちらは?」


健太は、真司をほとんど見ずに、桃に問いかけた。

桃は、少し慌てた様子で真司を紹介した。


「あ、こちらは、私の会社の副社長の、三上真司さんです。真司さん、こちらは大学の先輩の……」


桃が最後まで言い終わる前に、健太は真司に片手を差し出した。


「ああ、どうも。ももとは昔からの知り合いでね。君が副社長さんか。こんなところで、ももと二人で何してるんだい?」


その口調には、明らかに真司を見下すような響きがあった。

真司は、健太の差し出した手を握り、短く答えた。


「会社の資料探しで、これから資料館に行くとこです」


彼の声は、いつもより少し低い。

俺は、真司の内心の苛立ちを感じ取った。

せっかくの桃との「遠足」が、予期せぬ闖入者によって台無しになりそうだ。

しかも、その闖入者は、俺にとっても因縁の相手。

俺のひねくれた心は、この状況を、面白がっていいのか、それとも警戒すべきか、測りかねていた。

しかし、これで物語は、また別の展開を見せることになるだろう。

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