第24話 輝くトラペゾヘドロン

「分かった。なら、私は最後まで君に付き合うよ。霧島君」


 そう言ってくれた因習村さんが、今の僕には心強い。じゃあ、気持ちが変わらないうちに行こうか! そう言おうとしたのだが。


「ただ、霧島君にはお願いがあるの」


 因習村さんの言葉に遮られてしまった。お願いとは何だろう? このタイミングでする話だ。きっと大事な話なのだろう。僕も、しっかりと受け止めなければ、ならないだろう。


「お願いって?」

「簡単なことよ。黒い宝石箱を、持っていてほしいの。輝くトラペゾヘドロンをね」


 輝くトラペゾヘドロン? 聞きなれない名前だ。なんというか、名前の感じはかっこよく感じるな。そこは男子高校生のセンスだろうか?


「えっと、あの宝石箱は、そういう名前だったのかい?」

「そう、輝くトラペゾヘドロン。そういう名前の物だと、私は知っている。とにかく、霧島君にはそれを持っていて欲しいのよ」


 宝石箱を持っていく。その理由は何だろうか? 訪ねておいた方が良い気がする。そんな僕の気持ちを察したのか、因習村さんは「あのね」と言って続ける。


「ここに物を置いているより、あなたが持っていた方が安全。ここに、今後は誰が入ってくるか分かんないから」

「誰かって?」

「九頭ルフの仲間とか」

「それは……」


 考えすぎだよ。とは、言えない。叔父さんが姿を消した今。ここに、そういう物騒な連中が来るか、あるいは来た、という可能性はある。もしかしたら九頭家の人間が旧神の印を持っていったのかもしれない。そう考えると結構怖いな。自宅も安全じゃないってことだし。


「分かった。宝石箱は、持っていこう」


 僕は、部屋に置かれた宝石箱を手に取った。ふと気になったことがある。あまり悠長にしているべきでは、ないのだろうけど、そのことは確認しておこう。そうするべきだと思うから。


「この宝石箱も、旧神の印みたいに、何か特別な力を持っていたりするのかな? お守りになったり、とかさ」

「それは、お守りではないの。むしろ、逆かな」

「逆?」


 因習村さんの言葉に、嫌なものを感じる。


「それは、ある神を呼び寄せるものよ。あまり良い神とは言えないかな」

「ある神って?」


 聞くべきではないような気がした。けれど、僕の好奇心はそれを確かめたがっていた。そして、僕の後ろに立つ少女は、答えを持ち合わせていた。


「ニャルラトホテプ」

「ニャルラ……何?」

「ん、まあこの辺ではマイナーな神様かな? その宝石箱はね。ニャルラトホテプを呼び寄せる力を持つのよ」

「そいつは、悪い神なの?」

「んー今言ったけど、良い神様ではないよ。悪い神様というよりは混沌を司るとでもいうのかな。所謂トリックスターみたいな?」

「えっと……北欧神話のロキみたいな?」

「ロキをもうちょっと悪質にした感じ……かな?」

「それは、録な神様じゃないな」

「そう、録な神様じゃないのよ」


 そんな、良くなさそうなものについて語っているはずなのに、因習村さんは楽しそうだった。彼女にとっては楽しい話題なのかもしれないけど、僕には物騒な話題すぎる。宝石箱を持っているべきでは、ないようにも思えるんだけど。


「その宝石箱は持っていても、ただちに影響はないの。ただ、今は君が持っていて。そうするのが色々と安心だと思うから。くれぐれも誰かに奪われたりしないように」

「本当に安全なの?」

「安全だよ、君が思っているより。君が持っている限りは」


 不安は残るが、今は因習村さんの言うことを信じておこう。あまりこの話題で問答を続けるべきでもないだろうしな。最低限? 知りたいことは分かった。なので、とりあえず納得して、宝石箱を持っていくことにする。


「よし、そろそろ行こうか。九頭家に」

「了解。行きましょう。九頭家に、ね」


 僕たちは自宅から出発した。今はまだ午前、日が昇っているうちに行動するのは目立つが、最近の夜はなにかと物騒だからな。多少目立つのは覚悟して九頭家を目指す。


 漁港を目指しながら、入り組んだ通路を進んでいく。漁港まではそこそこ歩く。道中で九頭家の人間には遭遇したくないが、どうなるかな?


 なんて、考えていると悪いことは起こるものだ。通路の向こうから魚面の男たちが向かってくる。彼らから、明らかな敵意を感じる。彼らが早足で動き出すのが見えた瞬間に、僕は因習村さんに言う。


「ついてきて!」


 咄嗟に、ルートを変更し、曲がり道に入る。心配だったが、因習村さんはちゃんと後ろをついてきてくれてるな。さて、どうやって魚面の男たちを降りきるかだが……足音で男たちが向かってきていることは分かる。今はとにかく走るしかない。


 決して広いとは言えない通路を、何度も何度も曲がりながら僕たちは追手から逃げる。距離は詰められてもいないが、広がってもいない。そんな気がする。そういう足音だ。景色が変わり、コンテナの並ぶ通りに出る。漁港には近づいているようだ。


 困ったね。どうしようか。なんて考える僕へ因習村さんがアドバイスをくれた。「あそこ、隠れられるんじゃない?」その言葉を信じ、僕たちはあるコンテナの中に逃げ込んだ。


 足音が近づき……去っていった。ひとまずの危機は脱したか。心臓に悪いよ。ほんと。

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