第23話 旧神の印

「五芒星の形をした石が無い?」


 因習村さんの言葉を聞いて、僕はすぐに部屋を確かめる。確かに、コレクションの中に件の石が見当たらない。誰かが持っていったのか? しかし、何故あんなものを……?


「どうして……?」

「霧島君、あれは旧神の印というものよ」

「旧神の印? なんなの、それは?」


 その聞きなれない言葉について問うと因習村さんは「どう言ったものかしらね」と難しそうな顔をする。やがて彼女は頷き「かいつまんで説明をしましょう」と言ってくれた。そうだね。説明をしてくれるのは助かる。


「簡単に言えばお守りよ。使い方によっては、結界を張ったり、怪異を封印することもできるものよ」

「なるほど?」

「今、使い方をレクチャーするつもりはないよ。ここに無いものについて、詳しく説明しても仕形がないし」

「ああ、それで構わない」


 肝心なのは、それの使い方より、それがどうして無くなったか、だろう。僕もそれなりに考えるようになってきた気がする……そんな気がするだけ、かもしれない。


「旧神の印が無くなった理由について考えるのが、先決でしょうね」

「僕もそう思ってた」

「ほんとかしら……ま、良いや。少なくとも、印を誰かが持っていったとすれば、その効力を理解していたのでしょうね。色々と物がある中で旧神の印をピンポイントで持っていっているのだから」

「うん、そうだろうね」

「他の可能性もないわけじゃないけど……最も可能性が高いのは、印の力を理解している者が、それを利用するために持っていったって流れでしょうね」

「なるほど?」


 ん、他の可能性ってどういう可能性だろう? そこも確かめておいた方が良い気がする。


「因習村さん、君が考える他の可能性についても聞いて良いかな?」


 そう言われて、因習村さんは困ったように、肩をすくめた。そ、そんなに困るような質問をしたのかな? 間違ったことを訪ねてしまったみたいで、ちょっと、申し訳ない気持ちになった。


「可能性を考えるのは大事だけど、どれが正解か特定するのは難しいのよね」

「……難しいの?」

「理由なんて、いくらでも考えられるからね。可能性が最も高そうな理由も考えられるけど、それ以外にも、たくさんの理由を考えることはできるのよ」

「そっか」

「まあ、二、三、可能性の高そうなものを話しておきましょうか。旧神の印は、価値の分かる人間にとっては貴重なものだし、そういう人間に売るために持っていったとか。あとは……」

「あとは……」

「理由もなく、何かに強く惹かれるという人間は結構居るものよ」


 因習村さんは言いながら、何か面白いものを見つめるかのような目を僕に向けていた。僕の何が、そんなに面白いのだろう? なんというか、戸惑ってしまう。


「霧島君が砂浜の漂流物に惹かれるみたいに、ある特定のものに強く惹かれる人間は居るものなのよ。あこがれ、とでも言えば良いのかしらね。もしかしたら、そういう理由で持っていったという話かもしれないね」

「そう、かも」

「……複数の案を出しても答えは出ないし、特に面白い話でもなかったかしらね?」

「別に、面白さは求めてなかったよ」

「そう、じゃあそろそろ今後のことについて話し合いましょうか? 霧島君さえ良ければだけど」

「……今後のこと」


 僕は、これからどうすれば良いか分からなくて、途方にくれていたのだ。けど、因習村さんはこれからどうするべきか分かっているというのか。ならそれを、ぜひとも教えてほしい。今の僕には今後の目標が必要だ。


「僕は、どこへ行けば良い?」

「僕たち、でしょ。霧島君」

「ああ、そうだね。因習村さん。君も来てくれると心強いよ」


 因習村さんは、楽しそうにクツクツと笑う。まるで、これからどこかへイタズラをしに行く子どもみたいに。笑う彼女に不安なものを感じた。けど、そのことを気にしてはいられない。


「私たちは九頭家に向かうべきよ」

「九頭家に?」


 危険なように思えるが、因習村さんに何か良い考えがあるのだろうか? できるなら、期待をしたいところだが。


「向かうのは、少し危険だけどね。渚野叔父様が捕まっているとすれば、九頭家だと思う。急がなければならないし、彼がそこにいなかったとしても、そのことを確認しておくべきだと思うの」

「それはまあ、そうかも」

「霧島君も覚悟はしてると思うけど、渚野叔父様は何かよからぬことをやっている。となれば、警察に関わらせるべきじゃない。霧島君にとって、叔父様は、大切な人たちの中の一人でしょう?」

「……そうだね」


 因習村さん、良く分かってるじゃないか。僕は、叔父さんの件に関しては、警察の力を頼るつもりはない。本当に、ギリギリまでは。ギリギリ、というのがどういう状況かは僕自身にもよく分かってないけど。


「……霧島君、もう一度、確認するよ」


 因習村さんは真剣な表情で訪ねてくる。ここは、重要な分岐点のような気がする。このタイミングの返事によって、僕の今後は、大きく変化する予感がした。


「……これまでのことから考えると、叔父様が何かをやらかしている可能性は高い。それでも、警察の手を借りずに助ける道を考える?」

「そんなの、愚問だよ」


 考えるまでもない。叔父さんは僕にとって大切な一人なのだから。


「叔父さんも助ける。そのための無茶なら望むところだ」

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