第2話 因習村ホコラ

 クトウ島唯一の学校、クトウ学園。まさかの初等部から大学部まで繋がっている。なかなか珍しいんじゃないだろうか? 島の海洋研究施設とも繋がっていて、とんでもなく大きな施設だ。こんな小さな離島には不釣り合いなほどに、大きくて変な感じだ。


 夜の校舎は避難誘導灯だけが明るい。迷路のように通路が入り組むこの建物は、夜だとなおさら迷いそう。まあ、迷宮のような建物だから、色々な場所に繋がっていて、侵入は容易だ。入りやすく、迷いやすい。無駄にごちゃごちゃした印象で好きになれない。


 夜の校内で、田々宵さんは辺りをキョロキョロと見回している。明かりが少ないこの環境で、視覚はそれほど頼りになるのだろうか? スマホのライトでもつけた方が良くないか? 僕は転んだりしたくないし、ライトをつけさせてもらうよ。別に良いよね? というわけで、スマホをいじる。


 辺りが明るく照らされ、先の通路までよく見える。すると、田々宵さんが慌てだした。


「ちょちょ!? 霧島くん! 守衛に見つかっちゃうよ!」

「大丈夫、ここの守衛はほとんどやる気無いから、よっぽどのことが無いかぎり詰め所からは動かないんだ……って叔父さんが言ってた。」

「へえ……あたしでも知らないようなこと。よく知ってるね。その叔父さん」

「叔父さん。うちの大学部と研究施設に勤めてるから」

「なるほど。耳よりの情報だねー。ありがと」


 校内の事情通を自称する田々宵さんとしては、知って嬉しいことなのだろう。ま、僕としては彼女が嬉しいかなんてのは、どうでも良いかな。大事なのは守衛と遭遇する可能性は限りなく低いという情報を共有しておくことだから。


「で、道中聞いたけど、田々宵さんの妹もこっちに来てるんだって?」

「うん、あたしたちの教室で待ってるはず! まずはそこで合流しよー!」


 守衛とは遭遇する可能性が低いと知ったからか、田々宵さんはちょっと行動が大胆になった。声を押さえる気はないし、ずんずん前に進んでいく。急ぐと危ないんじゃないかなあ? こけたりしなきゃ良いけど。


「田々宵さんもスマホのライトつけたら?」

「ん、ああ。そだねー。あたしもライトつけるわ。ちょい待っててー」


 田々宵さんがスマホのライトをつけて、再びグングン進んでいく。僕は彼女の後ろを少し離れた位置から、ついていってたのだけれど、そのうち彼女が足を止めた。どうしたのかと思って、僕もすぐその異常に気付いた。校舎内の通路に、霧が発生している。こんなところに、何故?


 僕は霧に近づこうとした。すると、体を後ろに引かれる感覚があった。振り向くと、田々宵さんが僕の服の裾をつかんでいた。ん、僕を止めようとしているのか? なんで?


「田々宵さん、僕を引き留めてる?」

「引き留めてるよ。だって、夜の校舎内に霧が発生してるなんて明らかに変じゃん。 よく分からないものに触るのはよしなって」


 確かに、よく分からないものに近寄ろうとするのは迂闊だったかもしれない。が、この霧の向こうに田々宵さんの妹が居るかもしれないならば、進んでいくべきじゃないか?


「でも、僕たちの教室に向かうには、この先に進むのが早いんだけどな」

「それはそうだけど、あたし嫌な予感がしてる」


 嫌な予感、か。ふむ、どうしたものかな。悩んでいると、霧が発生しているのとは反対側の通路から、コツコツと歩いてくる者が居た。田々宵さんがその相手にスマホのライトを当て、照らされた人物の姿が明らかになる。そこには僕たちと同じくらいの歳の少女が立っている。守衛ではないようで、一安心ではあるが……彼女は何者だ?


「彼女、田々宵さんの妹さん?」

「いや、違うね。誰だろ?」


 田々宵さんも知らない人物。彼女はフレンドリーな雰囲気で、長い袖に隠れた手をブンブンと降っている。夏も近いというのに黒色の長袖ジャージ。暑くはないのだろうか? 髪も黒くて闇の中での迷彩効果は高そうだった。


「あなたたち、その霧には、入らない方が良いよ。その霧は、良くない霧だから」

「良くない霧?」

「うん、見てて」


 長袖の少女は僕たちの側に近づいてきた。側まで来た彼女はだいぶ小柄だと分かる。田々宵さんより背が低い。


「見て、よく聞いててね」


 少女は長い袖からボールを取り出した。彼女の細くしなやかな指がちろりと覗いて、なんだかエッチな感じがする。少女がボールを軽く投げた。ボールは霧の方へ跳んでいき、どんな材質で出来ているかは知らないが、よく跳ねて、周囲に音を響かせた。


 ボールのバウンドする音は結構大きい。それが二度、三度あり、急に消えた。まるで、霧がボールの中で急に消失したみたいに。音の途切れ方は明らかに変だったと思う。これは、霧へ迂闊に近寄るのは良くないかもしれない。


「霧の中に入ったものは急に消えるってこと……?」

「そういうこと。あ、私は因習村ホコラ。君たちと同じクラスだから、知ってるかもしれないけど」

「いや、知らない……ごめん」


 凄く、失礼なことを言ってしまったけど、まじで彼女のことは知らない。記憶力には、自信があるんだが……クラスメイトを知らないなんてことあるか?


 僕が田々宵さんの方を見ると、彼女も同じような反応をしていた。因習村さん……君、本当に僕たちのクラスメイト?

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