第24話:日暮れを前に(お題24日目:爪先)
ヨギュラクシアを取り囲むヴィフレスト軍を見下ろす丘の上に、第十七分隊は、一組、また一組、と集いつつあった。
「本当に、あの子供を一人で行かせて大丈夫だったの?」
ハルドレストからウィルソンを追いかけてきたハルトゥーンを、伝令としてヒオウ王子のもとに送り込んだことに、ゼファーは懸念を示す。だが、稀代の軍師は腕組みして事も無げに返した。
「あいつの
ウィルソンが意地悪くにやりと笑うので、自分のことを言われていると気づいたゼファーは居心地が悪くなる。確かに、あの穴は小柄な者しか通れまい。その提示をしたモリエールも、「兄さんの上手を取るにはあれしか無かったので」と決まり悪そうに苦笑した。
「それにあいつは、俺も及ばない空間把握能力を持っている。爪先程度の隙間しか無くとも、包囲網をくぐって城内に侵入するのは朝飯前だろう」
「……人間って、ぼくらが思っていた以上にタフなんだね」
「覚悟の
ゼファーが感慨深げにつぶやくと、アバロンがにっこりと笑って肯定する。普段毒しか吐かない長兄が素直に認めるのだから、人間とは、そう脆弱な生命ではないのかもしれない。
そう思ったところで、脳裏に蘇る赤い光景がある。動かなくなった少年。水底に沈んでいった、死なせてしまった人間。もう、彼のような犠牲者を生み出さない。ヒオウ王子に彼の二の舞をさせない。ゼファーは決意を込めて、拳を握り締めた。
「おーい、ゼファー!」
そこへマギーの声が耳に届く。彼女は大きく手を振り、分かれていた分隊員と共にやってきた。彼女を見つめるレジスタンスの視線はまだ冷たいが、カラジュがさりげなく隣を維持していることで、復讐に害されることも無く、無事にたどり着いたようだ。
「これで全員揃ったな」
三十にも満たない第十七分隊の面々を見渡しながら、ウィルソンは二本指を立ててつき出す。
「我々のやるべきことはふたつ。ひとつはヴィフレストの第三大隊、『鬼』を殲滅させること。もうひとつは、その後にヨギュラクシアから討って出てくるヒオウ王子達を援護して、敵を倒すことだ」
「簡単に言うけどよ」カラジュが眉根を寄せて、当たり前と言えば当たり前の疑問を呈した。
「どうもヴィフレストだけじゃなくて、防人も協力してるっぽいぜ。そいつらほっぽって平気なのかよ?」
「先だっての南方政変で、実権を握ったマルクスの軍だな。奴らは寄せ集めで士気が低い」
ウィルソンは事も無げに言いきって、さらに続ける。
「奴が出てきたということは、ヨギュラクシアには、先代盟主の一人娘、エリア嬢がいる。先代はかなり慕われていたからな。マルクスは彼女を生かしたまま手中に収めて自分の地位を磐石にするしか頭に無く、積極的に攻めることはしないだろう」
まるで見てきたかのように状況を言い当てるウィルソンの鋭さには、ゼファーたち
「そこまで見越せないのが、凡才以下殿の限界だ。『鬼』を崩せば正規軍も動揺する。そうすれば、城内の戦力と合わせて、勝ちは見えてくる」
そして彼は、ゼファー、カラジュ、アバロンを順に見渡す。
「竜兵。君達が鍵だ。『鬼』を倒す力を持つ竜族の力を存分に振るってくれ」
「そのー……『鬼』って、規模はどの程度でしょう? 私がきょうだいの中で一番火力が高い自信はありますが、大隊となると、些か不安がありますね」
アバロンが金髪に手をやりぼやくと、ウィルソンは唇の端をつり上げて。
「三十」
と告げた。
「三十!?」「大隊なのに!?」
たちまちレジスタンスから驚きの声があがる。軍の規模というものがわからないゼファーとカラジュは首を傾げながら顔を見合わせたが、アバロンだけは意を得たようだ。
「ああ、成程。人間にとっては、『鬼』一匹とっても数十人かかりの脅威ですからね。大隊とは、名前ばかりの張りぼての虎ですか」
それから、長兄は腰に手を当てて胸を張る。
「きょうだい達に頼るまでもありません。私の魔法で壊滅させてみせましょう。ついでにヴィフレストと防人も少しばかり脅してみますか」
「アバロン殿は俺の意をよく汲んでくれて助かる」
毒舌代表達はすっかりツーカーになったようだ。残りの竜兵ふたりは眉を垂れて肩をすくめるしか無い。
「ゼファー、これを」
ウィルソンがゼファーに向き直り、たたまれた分厚い布地を渡してくる。ハルトゥーンに指示を下す時の会話は竜兵の地獄耳で聴こえていたから、これがヒオウ王子に合図を送る旗だと悟る。
「君がこの作戦の要だ。君が倒されれば、レジスタンスは崩壊する。それを肝に銘じておいて欲しい」
指揮を執るウィルソンでもなく、自分より強いアバロンでもなく、何故自分に最大の役目を任せるのだろうか。疑問は消えないが、自分を導いてくれる者として彼を信じると決めたのだ。
「わかった」
ゼファーは力強く頷くと、旗を背負う。
「日暮れに作戦開始だ。全員それまでに、準備を整えておくように」
ウィルソンの言葉に、第十七分隊の誰もが声をあげ、拳を突き上げて応えた。
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