第3話:きらめく聖域(お題3日目:鏡)
数百年の昔、最初の
始祖種ダイナソアの祝福を受けた竜王は、『霧』に焼かれて真っ白になっていた大地に、ひとつの種を植えた。種は瞬時に芽吹いて一面に花を咲かせ、森を成し、鏡のように透き通った湖を作り上げた。初代竜王はそこを竜族の聖域として、フィムブルヴェートを守るために身を落ち着けたのである。
それでも、ここ数年の間に『霧』は勢いを増し、聖域の近くにまで迫っている。ひとの世界で争いが起きる度に、『霧』はその包囲網を狭め、『鬼』の数を増やして、奴らに喰われる犠牲者を増やした。
その最たる原因が、ヴィフレスト王国の台頭ではないかと、各地の
「そのヴィフレストに対抗しようなんて、骨のある奴が、本当にいるのか?」
カラジュがカイトに呆れた様子で言いながら、「よっ」と湖面に足を踏み出した。そのままドボンと沈むと思ったのだろう、カイトが慌てた表情を見せる。
だが、カラジュの靴底は水面とぴったりくっついて、まるで冬場に泉が凍るかのように、歩くことができた。
「竜族の聖域はひとの常識と異なるというからね」
ゼファーも苦笑して、たん、と岸辺から湖面に飛び移る。磨かれた鏡のような水面は、ゼファーの姿を鏡写しにした。
「メディリア様はこの先にいらっしゃる。竜王に害意がある者は、泉が呑み込んで通さない」
その言葉に、カイトが緊張してごくりと唾を飲み込むのがわかる。しかし、少年の逡巡は短かった。意を決して、一歩を踏み出す。水面は一瞬波立ったが、少年の足を優しく受け止めた。
カイトが安堵の吐息をつくのが聞こえる。安心したのはゼファーとカラジュもだ。メディリアに害をなす者を聖域に招き入れたなどという失態を犯せば、きょうだい達から思い切り詰められる。アバロンはうっすら笑みながら敬語で静かに怒るだろうし、気難し屋のクリミアはここぞとばかりに毒舌を吐きまくるだろう。
「きょうだいどもに揚げ足取られる理由を作らなくて良かったぜ」
同じ感想をカラジュも抱いたらしい。ほっと息をついている。それを見たカイトが、きょとんと目を瞬かせた。
「君達はきょうだいなのかい?」
彼の疑念ももっともだ。ゼファーとカラジュは、髪と瞳の色がまるで違う。さらに、背が高く鍛え上げられた体躯を持つカラジュに対して、ゼファーは必要最低限の筋肉しかなく、身長も高すぎず、顔つきもやわらかい。
「竜族は、『竜族』というけれど、種族じゃあないんだよ」
鏡の湖面を歩きながら、ゼファーはカイトに説明する。こういう話はカラジュは最初から放棄している。『説明はオレの役目じゃねえ』と、先をゆく背中が語っている。
「聖域に置き去りにされた孤児を、竜王様が拾い、次代の竜王候補の竜兵としてくださるんだ」
そして、尖った耳介に手をやる。
「竜族のきょうだいの証は、竜王様からダイナソアの祝福を受けた血を分けていただく時に発現する、この耳と牙。そして、きょうだい達と、どんなに離れていても会話ができる力だね」
「その、鱗と翼を持つ獣になって、大軍を薙ぎ払う力があるって、僕らは聞いているんだけど」
「そんな力があったら、聖域の外にいるきょうだい達が、とっくにフィムブルヴェートじゅうの戦を終わらせてるぜ」
カイトが不思議そうに首を傾げると、カラジュが無知に呆れたように肩をすくめた。
「
カラジュに代わってゼファーが説明すると、「そう、なんだ……」と、カイトは少しあてが外れた様子でうつむいた。
「そんなに落ち込まないで」
とん、と湖を蹴れば、鏡写しのゼファーも跳ねる。カイトの前に降り立って、ゼファーは微笑してみせた。
「メディリア様は、ご自身がフィムブルヴェートの守護者であることを重々承知してらっしゃる。ひとの願いを、何も聞かずに追い返すような方ではないよ」
「う、うん」
覗き込んだカイトの顔が、心無しか赤い。一体何だろうか。緊張か。
小首を傾げてゼファーは再び前を向いて歩き出す。
湖の終わりが見えてくる。その先には、大理石の神殿がそびえたっていた。
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