第2話:聴こえた音は(お題2日目:風鈴)

「追われる音がひとつ。若い小柄な者のようだ。追うのはみっつ。金属の音がする」

「お前の耳の良さは本当に役立つぜ」

 草むらを走り抜けながらゼファーは耳を澄ます。カラジュの賞賛を受け流して、走る速度を上げた。

 追われるほうは、運動慣れしていないのだろうか。既に息があがっている呼吸音まで聴こえる。草むらを抜けて、かつて『霧』に焼かれた白い木々の枯れた切り株が点在する古戦場に出た時、竜兵ドラグーンたちの視界に、音に聴こえていた光景が見えた。

「追え! 逃すな! 挟撃しろ!」

「反逆者の手下を生かして帰すな!」

 赤い甲冑をまとった人間が三人、一人の少年を追い詰めようとしている。少年は両手にチャクラムを持っていたが、いまいち手元がおぼつかないように見える。戦い慣れていないのは一目瞭然だった。

「ゼファー!」

 カラジュが我鳴る。どちらに加勢するか、彼と意見は一致したようだ。ゼファーは腰の短剣を抜くと、足音を消して赤鎧の背後に一瞬で距離を詰め、刃を振り抜いた。

「ぐ、ううっ……!?」

 鎧の隙間から首を掻き切られた相手は、何が起きたかもわからないまま絶命しただろう。

「おい、どうし……うわあっ!?」

 仲間の悲鳴に振り向いた一人に、カラジュが襲いかかる。胴を薙がれて、糸の切れた操り人形のように地面にへたり落ちた。

「な、なんだ貴様らは!? このガキの仲間か!?」

 残った男が狼狽えて後ずさる。

「仲間じゃあないが」

 槍斧ハルバードの柄でとんとんと肩を叩き、カラジュがにやりと、竜族特有の牙を見せて笑った。

「ここらは竜王ドレイク様の聖域だぜ。そこにズカズカ入ってこられたら、オレたち竜兵ドラグーンは、排除するまでだ。ひとでも、『鬼』でもな」

「し、知るかあっ!!」

 赤鎧は長剣を握り締めて、半ば自棄気味に突進してくる。カラジュが余裕たっぷりに待ち受けるのを、ゼファーはたん、と地を蹴って彼の頭上を飛び越えることで前に出て、敵の喉笛を的確に切り裂いた。

 断末魔の悲鳴も出せず、血を噴く喉をかきむしりながら、赤鎧は仰向けに倒れる。しんと場が静まり返り、立っているのは竜兵ふたりと、追われていた少年の、三人だけが残った。

「ンだよ、オレの獲物だったのに」

 ぶうぶう文句を垂れるきょうだいには構わず、ゼファーは武器を収めて少年に歩み寄る。思った以上に細身で幼い。人間の年齢は、永きを生きる竜族にはよくわからないが、十五歳ほどだろうか。水色の瞳を驚きに見開いてゼファーを凝視していたが、こちらが助けたのだとわかると、はっと口を開け、咄嗟にチャクラムを腰に戻して、敵意が無いことを示した。

「ありがとう、ございます」

 少年は深々と頭を下げる。声も高めで、よくこれで武器を握っているものだと、戦慣れしたゼファーは困惑すら覚えた。

「竜族の聖域に人間が来るとは、穏やかじゃあないね?」

 敵とはみなしていないが、事情によっては歓迎しない、という声音でゼファーが問い詰めると、少年はぐっと言葉に詰まって、拳を握りしめる。が、心の芯は強かったようだ。表情を引き締めてゼファー達を見つめると、名乗った。

「無礼を承知の上です、申し訳ありません。僕はカイト。ヴィフレスト王国に立ち向かうために、竜族の力をお借りしたくて、ここまで来ました」

(ヴィフレスト)

 途端。

 ゼファーの耳の奥で、ちりん、ちりりん、と涼しげな音が聴こえた。


『これは、風鈴というんだ。母上が大好きでね。ヴィフレストに戻っても飾りたいと、職人に作らせている』


 クラゲのような形状をした、ちりちり鳴るガラスの飾り物を、目の前に差し出す、緋色の髪をした幼い人間の少年の幻が浮かぶ。


『また君と会えたら、もっといろんな物を贈るよ』


「……イスミ・コウ?」

 知らないはずの誰かの名前を呼ぶ。目眩でぐるぐる視界が回っている。

「あ、あの、大丈夫、ですか?」

「おい、ゼファー?」

 カイトと名乗った少年とカラジュに、前後から声をかけられて、ゼファーははっと現実に戻ってきた。目眩は瞬時に消え、見回せば、カイトの不安げな顔と、カラジュの呆れたような顔と目が合う。

「……なんでもない」

 首を横に振り、ゼファーはカイトに向かい直る。

「とにかく、ぼくたちだけの手に負える話じゃあない。竜王メディリア様の沙汰をあおがなければいけない。武器を手放してくれるなら、案内しよう」

 途端にカイトの表情がぱっと輝いた。

「ありがとう!」

 まだ何の展望も立っていないのに、随分と楽観視している。人間とはそういうものなのだろうか。不思議に思いながら、ゼファーはカイトからチャクラムを預かる。

「くだらねえ話だったら、即叩き出すからな」

 カラジュが脅しをかけるが、彼も日々『鬼』退治ばかりで飽いていたようだ。降ってわいた面白そうな事態に、にやにやしながら先頭に立って歩き出し、ゼファーはカイトと共にその後を追った。

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