蒸気爆発! Gガイザー!! 〜温泉×スチームパンク×ロボット〜

納豆巻

前編: いでよ鋼の巨人、その名はGガイザー!


 俺たちの故郷、湯本ゆのもとには、二つの心臓がある。


 東の心臓は、硫黄の匂いと湯けむりだ。

 夜明け前、ひんやりと湿った空気に最初に混じるのは、この匂いだった。山あいにひっそりと抱かれるように広がる東地区は、黒光りする木造旅館が迷路のように軒を連ねる温泉観光地。その軒先や路地のマンホールからは、季節を問わず白い湯気が立ち上っては、朝の静寂に溶けていく。

 陽が昇り始めると、石畳の坂道を、カランコロンと硬質な音を立てて下駄が鳴り響く。朝風呂に向かう観光客たちだ。土産物屋の店先では、蒸気機関で動く饅頭製造機がシュッシュッとリズミカルな音を立て、甘い湯気をもうもうと吐き出し始める。それが、この街で生まれ育った小学六年生――狭間・勇斗はざま・ゆうと、慣れ親しんだ日常だった。


 そして、街を東西に分ける湯川に架かる鉄橋を渡った先にあるのが、西の心臓。蒸気と鋼鉄の匂いだ。

 西地区の空は、無数の煙突から吐き出される白煙で常にうっすらと霞んでいる。建物の壁という壁からは、大小様々な歯車や鈍い銅色のパイプが、まるで巨大な機械の血管や内臓のようにむき出しになっていた。

 東の温泉街が塩分濃度の高い源泉そのものを『湯』として利用するのとは対照的に、精密な機械がひしめく西地区では、腐食を防ぐための工夫が凝らされている。山から引いた清流を、地熱を利用した巨大な熱交換器で沸騰させ、純粋な高圧蒸気のみを動力源として各工場に供給しているのだ。

 ガシャン、ガシャン、と規則正しく刻まれる金属の打刻音。シュー、と高圧蒸気の抜ける鋭い音。それらが混じり合い、街全体がまるで生きている巨大な機械であるかのように、力強い鼓動を響かせていた。


 蒸気の圧力を物理的な回転運動に変え、無数の歯車を組み合わせて演算を行う『解析機関』。それが、この国――日ノ本の発展の礎だった。そして西地区は、その象徴そのものだった。


「――なあ勇斗。また親父さんの研究所に行くのか? 今日は非番だと聞いていたが」


 放課後。西地区のはずれ、うっすら錆びた鉄骨の橋の欄干に寄りかかりながら、親友の橘・誠たちばな・まことが尋ねた。俺とは正反対の、涼しい横顔。夕焼けに染まる煙突群を見つめるその瞳は、いつも静かで、遠くを見ている。


「おう。新作の解析パズルができたって、さつき姉ちゃんから通信があってさ。誠も来るか?」


「遠慮しておく。僕は道場に寄るからだ。君のように、遊んでばかりもいられない」


 朝霧あさぎりさつき。父さんの研究所でオペレーター主任を務める、俺と誠の五つ年上の幼馴染。いつもは白衣姿で、歯車が複雑に絡み合う巨大な解析機関のコンソールを、こともなげに操作している天才だ。


「そっか。ま、無理すんなよ。全国大会、近いんだろ?」


「当然だ。僕の剣は、この街で最強でなければ意味がない」


 そう言って澄ましているけど、こいつがこの街を、特に秩序と力強さに満ちた西地区を気に入っていることを、俺は知っている。そして、誠が守ろうとしているものが、俺の守りたいものと、きっと同じだということも。


 ふと、西地区の職人街から、ソースの匂いが風に乗って届いた。名物の『蒸気焼きそば』だ。


「……小腹、減ったな。食ってくか?」

「……仕方ないな、付き合ってやろう」


 俺たちは、橋のたもとにある行きつけの屋台に向かった。このあたりが発祥らしい、所謂ご当地B級グルメ。高温の蒸気で一気に蒸し上げた太麺を、ソースと絡めて鉄板でサッと炒めるのが特徴だ。縁日の焼きそばのような香ばしさには少し欠けるが、濃いソースの味が染み込んだ、モチッとした太麺の食感がたまらない。時々、無性にこれを啜りたくなるのだ。

 おばちゃんが「はい、お待ちどう」と笑い、湯気の立つ鉄の皿を差し出してくれる。二人でそれを頬張りながら、くだらない話をする。この何でもない時間が、俺は何よりも好きだった。


 この、当たり前の放課後。

 それが、空から来る無慈悲な侵略者によって、もうすぐ終わりを告げることも知らずに。


 警報は、音よりも先に、振動として街を襲った。

 地鳴りのような、腹の底に響く重低音。窓ガラスがビリビリと震え、道場の床が、まるで巨大な生物の上に乗っているかのように揺れた。


 空が、白い鯨の影で埋め尽くされていた。

 雲海を割り、音もなく現れたのは、優雅にして無慈悲な、純白の巨大飛行船団だった。蒸気でも、歯車でもない。未知の原理で静かに浮遊するその姿は、この世界のどの国のものとも異なっていた。


 同時に、街の広場や大通りに設置された、巨大な機械式の情報掲示板が一斉に切り替わった。無数の歯車がけたたましく唸りを上げ、何百枚もの金属板が反転しながら、警報を形作る。


【 非常事態宣言発令 】

【 所属不明ノ大規模船団、本州ヘ接近中 】


 街の人々は、けたたましく鳴り響く警報と「非常事態宣言」の文字に顔色を変え、逃げ惑い始めた。

 やがて、その原因として当局から告げられた『リリィ・エンパイア』という名に、すぐにはピンとこない者も少なくなかった。

 それは女王を頂点とし、女性が社会の中枢を担う電子先進国家。iピーS細胞の応用技術により独自の生殖体系を確立したが故に、周辺諸国から『異端』として孤立した、謎多き国。


 街が混乱に陥る中、異変は空で起きた。

 巨大な旗艦の船首から、まばゆい光が放たれ、湯本の空に巨大な立体映像(ホログラム)を投影したのだ。蒸気と歯車の街に住む俺たちが見たこともない、リリィ・エンパイアの電子技術の誇示。


 そこに映し出されたのは、一人の若い女性だった。

 純白の軍服に身を包み、銀色の髪を厳しく結い上げている。歳は俺たちとそう変わらないように見えるのに、その表情は氷のように冷たく、瞳は絶対的な意志の光を宿していた。美しく、そして恐ろしかった。


 彼女は、マイクもなしに、しかし空気を震わせるような明瞭な声で言った。


『これより、リリィ・エンパイアは、聖なる源泉オリジン・スパを穢す全ての障害を排除し、この地を浄化することを宣言する。我が名はアンシア。この浄化作戦を遂行する、全権総司令官である』


 街の人々が、その威圧的な姿に息をのむ。俺も、ただ呆然と空を見上げていた。


 その頃、地熱解析機関研究所の管制室は、静まり返っていた。

 オペレーターたちが敵の戦力分析に追われる中、司令官である勇斗の父、狭間・優利はざま・ゆうりがスクリーンに映る総司令官アンシアの顔を、血の気の引いた表情で見つめていた。


(その瞳……あの人に、瓜二つだ……)


 優利の脳裏に、遠い昔に愛した女性の面影が雷のように突き刺さる。


(まさか。私が国を追放されてから、もう16年……。年齢も計算が合う。アンシア……。かつて、もし娘が生まれたらと、二人で語り合った名前……。ああ、神よ。これが、私の罪の形か……)


 彼女は、生まれてきたのだ。

 そして、父も知らぬまま育ち、今、父の息子を滅ぼすために、軍を率いてやって来た。


「所長……? 顔色が……」


 隣に立つさつきが、心配そうに声をかける。

 優利はハッと我に返り、仮面のような冷静さで顔を引き締めた。


「……いや、何でもない。敵司令官の顔を覚えておいただけだ。……勇斗をGガイザーへ! 急げ!」


 その声は、かつてないほどに張り詰めていた。

 自分の息子を、実の娘が率いる軍隊に、たった一人で立ち向かわせる。

 父、狭間優利の本当の地獄は、この瞬間から始まっていた。



 飛行船団から無数に舞い降りた、鋼鉄の乙女を模した巨人たちが、街を破壊していく。


 俺は、俺を探しにやってきた父さんに手を引かれ、変わり果てた街を駆けた。さっきまで誠と焼きそばを食べていた屋台が、瓦礫と炎に包まれているのが見えた。おばちゃんは無事だろうか。


「父さん! 街が、みんなが!」


「分かっている! だから行くんだ! 勇斗、お前が最後の希望だ!」


 腹の底から、熱い何かがせり上がってきた。恐怖じゃない。焼け付くような、純粋な怒りだった。


 研究所の最深部、管制室ってやつだろうか。十数名からなる人たちが忙しなくがなり立てている。壁には大きな窓があり、その向こうは広い空間。どうやら格納庫らしかった。

 近づけば、微かな機械油と、温泉の硫黄の匂い。そして、ひんやりとした金属の匂いが、俺の肺を満たした。

 ドーム状の空間の中央に、『それ』はいた。


 決戦兵器『Gガイザー』。

https://kakuyomu.jp/users/natto-maki/news/16818792435718622043


 見上げる首が痛くなるほどの、鉄の塊。

 細身の手足、どこか頼りない体躯。だが、その下腹部のあたりから前方に突き出した長大な砲身だけが、圧倒的な存在感を主張していた。


「Gガイザーの動力源は、高圧地熱源泉だ。そしてパイロットはお前だ、勇斗。お前が遊んでいた解析パズルは、このGガイザーの操縦システムそのものなのだ」


 父さんの言葉に愕然とする俺の耳に、さつき姉ちゃんの声が刺さる。


「勇斗くん! もう時間がない! コクピットへ!」


 声は冷静だが、その奥に切迫した響きがあった。


 さつき姉ちゃんが悲痛な表情でメインスクリーンを睨んでいた。無数の赤い光点――敵性ヒュージギアとやらが、刻一刻と研究所に迫っているらしい。


「所長! 敵部隊、多数! Gガイザー単機では……! Gランサーはまだ動かせないのですか!?」


 さつき姉ちゃんの問いかけに、父さんはなにやらモニターを一瞥し、苦渋の表情で首を横に振った。


「ダメだ! Gランサーは高機動化のための最終調整が終わっていない! 今無理に動かせば、自爆しかねん!」


「……っ! 了解……。勇斗くんに、全てを託すしか……」


 さつき姉ちゃんは唇を噛みしめ、目の前の機材に向き直った。


 俺は覚悟を決めた。Gガイザーの臀部に、街の源泉に繋がるらしい極太のホースが接続される。接続部分の「ガコン!」という重いロック音が重く響く。


『完潮ユニット接続確認――。今接続されたホースは、動力源の給水と、伝声管も兼ねているの。難しいとは思うけど、切断されたりしないよう気を付けて』


 さつき姉ちゃんの声が伝声管と繋がったラッパ状の発声器から響いた。

 コクピットのシートに身を沈め、操縦桿を握る。その冷たく硬い感触が、現実を突きつけてくる。


「狭間・勇斗、Gガイザー、行きます!」


 巨人が立ち上がり、戦場に躍り出る。


『何ですの、あの……貧相な機体は……?』


 敵パイロットの侮蔑に満ちた声。


「うるせえ! 俺たちの街から出ていけええっ!」


 俺は怒りに任せてトリガーを引いた。コクピットが大きく揺れ、凄まじい反動が全身を襲う。


 ――ズババババババッ!


 アクアキャノンから射出された高圧の温泉水(うっすら黄色)が、鋼鉄の乙女に襲いかかる。


『きゃっ!? 防水処理を貫いて……! 回路が……この塩化物イオン濃度……! 私たちの電子回路は……!』


 リリィ・エンパイアの精密な電子兵器は、湯本の濃すぎる温泉成分に耐えられなかったらしい。


 だが、一体だけ格の違う機体がいた。女騎士風の隊長機。俺の攻撃を、特殊な防水コーティングで弾き返す。

 絶体絶命のピンチの中、伝声管越しに父さんの声が響いた。


『勇斗! タンクから『超片栗粉X』を装填! 必殺技を使う!』


 コンソールを操作すると、砲身の根元のタンクから白い粉末が砲身内へ送り込まれる。


『砲身の加圧グリップを握れ! 圧力が最大になるまで、激しく前後に動かすんだ!』


「うおおおおおおおおおおっ!!」


 激情の熱が、操縦桿を握る両腕から全身へと駆け巡る。俺は鋼鉄の巨人の下腹部で、勝利のためだけに、砲身のグリップを前後に動かし続けた。


 ――ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!


『圧力、臨界点へ! 勇斗くん、今よ!』


 さつき姉ちゃんの叫びが、俺の背中を押した。


「これが! 俺の怒りだあああっ! ガン・シューティング!!」


 ――ドッッッッッッッッッッ!!!


 超片栗粉Xと高圧の温泉水がブレンドされた、白濁した液体がアクアキャノンから奔流のように射出される。それは、通常時は流動的ながらも、凄まじい射出圧と衝撃を受けた瞬間に、ダイラタンシー流体としての特性を発揮し、硬質な塊へと変化する!

 直撃を受けた敵隊長機の顔面装甲は、まるで巨大なハンマーで叩きつけられたように、凄まじい音を立てて歪んだ!


『な、何……この衝撃は……!? 通常の液体兵器ではない……!? 装甲が……もたな……』


 隊長機のパイロットの悲鳴が途切れる。硬化した高粘度流体は、電子機器が集中する頭部を粉々に粉砕し、内部構造に壊滅的な損傷を与える!


 制御を失った隊長機は、大きく痙攣しながら墜落していった。

 こうして、最初の戦いは終わった。だが、空の向こうの白い鯨の影は、まだ消えてはいなかった。


(後編に続く)



 次回予告


 辛くも勝利を収めた勇斗とGガイザー。

 だが、リリィ・エンパイアの猛攻は、まだ終わらない。

 次なる戦いは、さらに激しさを増していく!


 絶体絶命のピンチに陥った勇斗の前に現れる、もう一体の巨人。

 白銀の装甲を纏いし、『Gランサー』。

 それは、勇斗の友・誠が駆る、頼もしき矛だった。


 二人の少年、二機の巨人が戦場で出会う時、本当の戦いが始まる!

 しかし、敵エースパイロットの力は、二人の連携すらも上回っていく。


 追い詰められたその時、父・勇利は最後の切り札を切る。


『――プランDGを発動する!』


 二機の力が一つになる時、究極の合体攻撃が天を貫く!


 次回、蒸気爆発! Gガイザー!!


第二話: 友情合体! 穿て、必殺のランス!


 君も、熱く、ほとばしれ!

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