第16話 限界を超えて

4台つるんでの超高速バトル。先頭は真澄のR33、西岡Z31と長谷蔵M3がサイドバイサイドで最後に健吾CBRの並びである。


馬力、空力共に高水準で仕上げられたM3はZ31よりわずかにリードしていく。真澄R33に対抗するためのチューニング、800馬力を後輪から発揮し浮かび上がる車体を空気の力で押さえつける。そのトラクションのかかり方は凄まじくコーナー立ち上がりでも全くだるさを感じさせることはない。

一方Z31は長年をかけて最適化したエンジンパワーと運転技術で200馬力前後の差をなんとか埋めている。Z31に積み込まれたL20改直列6気筒エンジンはブーストアップによるパワー増大を図っている。そのためブースト圧を落とさない、なるべくアクセルを踏み続けられるようなラインどりを行っている。車の少ない時間帯ゆえ道は広く使うことができる。コーナーで3車線贅沢に使ったアウトインアウトでM3へと食らいつく。


R33は相変わらず先頭を押さえたまま。RB26エンジンとは思えないほど高回転で絶叫にも聞こえるような音を鳴らし疾走していく。エンジン制作者に「お前は死ぬだろうな」と言わしめるほどのパワーに自分以外の座席と内装を取り外しロールケージとスポット溶接で大袈裟なまでに補強した使用。その風体はただのチューンドカーというより本物のレーシングカーのようである。剛性のあるボディでしっかり路面へ力を伝えながら後方2台を引き離せずとも追い付かせようという気配はない。


わずかなコーナーごとに入れ替わるZ31とR33のテールライトを眺めながら健吾は必死にCBRで食らいついていた。年式も古く金も経験もない、この場にいるものの中で唯一アドバンテージを持たないわずか16歳の少年はまだ後ろから眺めていることしかできなかった。自分の姉であるかもしれない人物が駆る先頭のR33どころか、西岡Z31にすら追いつけない。好きだから…で超えることのできぬ領域であるはず、それほどまでにマシン差は大きいのだ。天下のGT-Rにたっぷり金のかかったBMW、十数年の年月で熟成されきったエンジンを積むZ31が相手なのだ。自走不能を拾ってきて治し、15万でようやく元に戻ったこのバイクで挑むことは無謀だろうか…?しかし健吾の脳内にある言葉がフラッシュバックする。


「機械いじりってのは当たり前の連続なんだよ。ダメなとこを直して直して…そうやって完璧にしていくんだ。でもな、機械としての強さを引き出そうとあえてバランスを崩した仕様にすることもある。」


それがチューニングにおけるマジックなんだ、と微笑む嘉田さんの声。そう、CBRはバランスを崩した設定だ、完璧ではない。15万の金額でEPUチューンとクランクシャフトの取り替えを行なった。ECUは燃料噴霧の最効率化が目的だがクランクシャフトはどこからともなく湧いて出てきたわずかにストロークの大きいもの。それによってボアアップ、単純なパワー増大が見込めるのだ。893ccが897ccに、たった4ccの差。エンジンの回転フィールは1回目の調整の方がちょっと綺麗だったんじゃないか思えるように思う。だが確実に感じている。スピードメーターを大きく振り切っており、こちらよりも一回り以上有利な車とタメを張れている。パワーが上がっている、たった少しの排気量の差がこれを埋めたのかどうかはわからない。ただ今のCBRでなら…!


海底トンネルに入りオレンジ色の直線が続く。わずかに下り気味な路面でCBRはグングン前へと進んでいく。目の前のM3の後ろへ。空気の壁を前の車に押してもらい自分は安定した気流の中で走行していく。後ろにつく前より気持ちスピードが上昇、これだけあれば十分と判断した健吾はM3の左へと飛び出る。ここから先左へと大きく曲がる。インに飛び込んでコーナー脱出とともにアウトへと飛び出す算段だ。無茶ではある。


海底トンネルの終わりが見えてくる。オレンジではなく白色の街灯に真っ暗な夜空。健吾を除いた3台はコーナーアウト側へとはけていく。320km/h前後、ゆるくなだらかなカーブでも鋭角に感じられるほどの速度域にも関わらず四人はスピードを緩めない。曲がりの一番グリップの必要な場面でなんとZ31がR33の前へ飛び出した。R33が、と言うよりGT-R全般の弱点として車重がある。重い車体に超馬力ではタイヤへの負担は底知れない。それに速過ぎるスピードを制動するために強い減速を求められてしまうのだ。ここでこの中では比較的低馬力にまとめ上げていたZ31が有利となったのである。

一番外から内側の車線へ、言うなればレコードラインだろう。しかしそのさらに内側を上回るスピードで駆ける白と赤青の影が見える。健吾のCBRだ。バイクの細さを活かして存在するはずのないラインを描いたのだ。


依然として空いているZ31の右車線にR33が再び並び、その後ろにM3が続く。R33の列が段々と前に出始める。再び長い直線、パワー差でZ31がCBRの前に出ていく。Z31の前をゆくR33の運転席を健吾は垣間見ることができた。あまりに予想通りだった。このR33に乗る人物は間違いなく自分の姉、黒崎真澄だと。スロットルを限界まで吹かし回転数を上限ギリギリまで持っていく、嘉田さんの組んだエンジンとHONDAの6速ミッションを信じて。そしてもう一度Z31の左、車線の存在しないスペースに躍り出る。タイヤの通らない場所、路面は荒れていない。狙ってではないが生まれてしまった絶大なグリップも味方につけて食らいついていく。


M3を駆る長谷蔵源ニは未だ先頭に出ることができていなかった。車のポテンシャルも信頼度も高い、頭ではわかっている。だが本能が危険を察知して限界まで踏むことを躊躇させていた。M3GTRのサーキット使用でも500馬力届かずくらいであるにも関わらずこの車はその300馬力上をいくのだ。頭がおかしいと言わずしてなんと言えばいい。さっきの海底トンネルを抜ける際でも後輪が滑り出してしまったのだ。幸いすぐに立て直すことができたが、もし次この絶大なトラクションが抜けてしまったらと考えたら恐ろしくて膝が笑ってしまう。ポルシェやGT-Rなら安定して踏み続けることができるのだろう。それは機械としての信頼なのか、だとすれば同じFRでありながら踏み続けることのできる西岡さんは、大幅に不利なはずな数年落ちのバイクで食らいついてくる彼は一体…?


「…そうか。」


そう呟くも何かがわかったわけではなかった。しかし言葉で説明しようのない何かが腑に落ちたのだ。走り続けることで見えてくるもの、真澄を追い続けR33にノーズを近づけながらの200マイルの世界で。本当に時が止まって見える。音が、入ってくる。心地よく回るエンジンとタービンの音。自分の好きなBMWのステアリングが目に入る。ようやく言葉が見つかった。そうか、もうとっくに条件は揃っていたんだ。あとは私が信じるだけ、限界まで踏んであげるだけ…真澄の言っていた「自分が満足できるように、最悪の場合、最後の時でも…」とはこういうことだったのか。取り憑いていたものが落ちたように、体が自然と軽くなる。怖がらなくていい、M3はとっくに寄り添ってくれていたんだ、と。



M3がR33の右、最後の車線に躍り出る。ここからつばさ橋の超ロングストレート。4台揃ってのサイドバイサイド、譲ることも蹴落とすこともしない。ただ自分の求めるものの正解を見つけていき、自分だけの世界へ…やがて残像は重なる。そして共有され収束したそれは彼らを一つの場所へと向かわせる。星の瞬きすら追いつかないような速さで彼らは決着へと向かっていった…

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