第15話 重なる残像

夜とは不思議なもので幻想を強く感じさせる。覆われるわけではない澄んだ闇が深く深く静まり、“特別”へといざなうのだ。そしてこの得意な空間にいくつかの人は引き寄せられいる。いつの時代もそう、限りなく孤独だが確かに絡みついた運命の糸に手繰り寄せられそして交わる。

乗り物による超高速の中では時間の流れが遅く感じられる。相対的に周囲がゆっくりと動くように感じられ、この速度域に慣れるともう日常に戻れなくなる程度には爽快感に溢れているのだ。またその空間を共にするマシンのエンジンが奏でる鼓動や路面、風などありふれているはず物が特別な何かに化けてしまう。


複雑怪奇に日本全国へと触腕を伸ばすその中心、首都高でまたいくつか…4人ほど手繰り寄せられ始めている。一度動き出した歯車はもう止まることを知らない。前へとただ進むのみ。たった一人の男の死がトリガーとなって絡まった糸が正解へといざなう。



CBRも僕自身も調子は最高、今までにないほどコンディションが安定している。いつからだろうか?不確実なこの件に自信を持って発言してしまうようになったのは。理由も根拠もないのにどうしてか確実にわかる気がしてならないのだ。そして今も、近いうちに答え合わせがと言ったがまさしく今日な気がする。間違いない。

僕らはこの空間で呼び合っているんだ。今日は別で走っている西岡さんにも、あのR33にも、会ったことはないけど西岡さんの知り合いの社長さんも、もしかすると会えるかもしれない。いや、会える。


恐ろしい速度で流れていく景色の前方に白い車体と派手なGTウイングを装備したBMWのM3が見える…



不思議な気持ちだ。簡単な言葉で表すなら興奮なんだろうなと…でもそんなチンケに言い表したくない。もっと、こう、言葉で説明できないような不思議なざわめきと締め付けるような感覚が胸に襲いくる、そんな感じだ。ターボ化したM3は凄まじいパフォーマンスを見せてくれる。最初の頃培った運転技術でなんなく限界まで回し切れるのだ。もう西岡さんのZにちぎられることも、真澄のR33に追いつけないこともない。私も本物になったんだ。煮詰めた足回りのセッティングは路面を吸い付くように握り、直列6気筒の心臓が生む天まで登るような力で蹴り出す。とっくに300km/hは突破、あとは真澄を探して追いつき、追い越すのみだ。今日は霞のようなものを追っているいつもの感じではない、はっきりと形が見える。丸目4灯のテールライトの残像が…!



私はずっと一人だと思っていた。この時間のこの速さの中でしか自分であれないと思っていたのに…もういつからだろうか、走ることそのものが目的となったのは。それほど愛着もなかったとりあえず速いからという理由で入手したR33にここまで入れ込んでしまって、顔も知らないような相手との繋がりに惹かれていく自分がいる。冷静でなんかいられない、あまりにも熱を帯び過ぎてしまったんだ。

かつて自分から離れてしまった仲間や同胞のような関係…それがグングン戻ってきている。それと同時に恐ろしい速度で魂が削れていく感覚にも陥る。父がのめり込み死ぬまで踏み続けた湊チューンがピッタリと背中に死神を纏わせてくる。

踏み続ければもうじき死ぬ。

あたしは死に方に満足できるだろうか、これで良かったと思えるだろうか?否、まだ答えは見つかっていない。アクセルを踏めばリスクも相応に上がっていく、知ったことか。まとわりつく危険も死すらも振り切ってきただろうに何を今更…!


合流地点で自身と遜色ない速さで走るCBRとM3が横についた。そして目の前のもう一つの合流地点からのぼってくるL型エンジンの咆哮が聞こえてくる。



あまりの偶然の連続に正直驚かされている。いや、ここまでくると必然だろうか?俺が知覚できない何かの力が働いているのだろう。気付かぬうちにくすんだ自分の心が輝きを取り戻し、何もかもあの頃に帰ったように感じる。残像がこれまで以上にはっきり見えてくる。アニキの鉄仮面スカイラインのテールだけじゃない、握るステアの感触もインテリアも流れる景色すらあの頃80年代終盤と同じようだ。運転するにあたっては危険とも言える精神状態だろうか。だがこれがいい、これでないといけないような気がするのだ。ここで走るからには自身が絶対の状態である必要がある。



合流地点に4台が揃った。時速は300前後、互いの時間だけが同じ流れ方になる。

求めるものが、互いの残像が重なり始める。虚実が現実に、追い求める幻覚が確かなものに…ここだけが絶対的で何よりも特別な空間と言えるだろう。


4台揃って一気に加速し始める。息苦しさを全く感じさせずさらにメーターは進む。一気に320km/h、200マイルに。求めるものの先へ行くのみ。午前0時、史上最速の公道レースは幕を開ける…

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