第12話 女神は人面瘡をぽぽいのぽい


「誰が父親だ?」

「お前という奴は…」


 とうとう兜を脱いだイリス。そこに現れたのは、だいたい想像したくらいの年齢の整った顔。いい身分だけあって手入れもされており肌はきれいだ。かんなで頬の垢が削れそうだったユリとは、同じ人間なのかと思うくらい違う。

 ただし。


「人面瘡か」

「知っているのか、ライデン!?」

「ミューだ」


 知っているといっても、見世物小屋のはなちゃんみたいな意味で知ってるだけだが。

 左の頬を覆う巨大な痣(あざ)。

 イリスが何かをしゃべるたびに、連動して口を動かすように見える。偶然なら神の御技と言いたくなるほどよく出来ているが、なるほどこの顔で街を出歩くのは難しい。



「顔を隠していた理由は分かったが、その状況でよく騎士団長が務められたな。普通なら教会服がまだら模様に変色するまで引き籠っていそうだ」

「お言葉ですが私は女神様に生涯をそそいだだけで引き籠もりではありません」

「ユリがそうだとは言ってないぞ」

「くっ…」


 勝ったな。どうでもいいけど。


 イリスに痣が出来たのは、たった数ヶ月前だったという。

 それまでラビオカの白き薔薇と讃えられた女騎士は、兜を外せなくなり引き籠りがちになり、王女の護衛と魔物退治という大義名分を得て都を逃げ出した。


「笑いたければ笑えばいい。私は国の困難に乗じて己を護った愚か者だ、クズだ」

「そ、そんなことはありませんイ…イリス様。王女様を立派にお守りして、魔物も討伐なさったのでしょう?」

「どれもすべてミュー様のおかげだ。私は何もしていない」


 目の前で始まった茶番。

 イリスの過剰な自己否定と、とりあえず持ち上げるだけのユリ。涙なしには聞いていられない感動の場面が人類の世界なら、俺はたぶん女神様なのだろう。

 自分の心の奥にある、どす黒い感情。

 未だに思い出せない自分の過去は、きっと思い出してはいけない過去だった。


「どっちにしろイリスは打算で動く奴だ。貴族ってそういうもんなんだろ?」

「ミュー様、いくらなんでもその言い方は…」

「そうだな。これは卑怯者のやり方だ」


 どんなにイリスが感動的な話を続けようが、感動でこの部屋の異臭が消えるわけじゃないし人面瘡が涙を流すこともない。

 そもそも感謝してお礼をしたいというイリスの申し出は、最初から言葉通りに受け取れるものではなかった。それを知った上で同行させた自分も卑怯者なのだ。


「ミュー様。この痣を取ってもらえないだろうか」

「取ったら何かいいことがあるのか?」

「私は騎士団長として人の前に立って人々を護る。魔物の襲来が、今にも崩れそうな腐敗しきったこの国への警鐘なのであれば、その病巣を抉る覚悟もある!」

「それで?」

「王国が安定して人々が安心して暮らすようになれば、お前もぐうたら出来る!」

「よし乗った」

「乗らないで!?」


 ユリがなんか言ってるが気にしない。

 イリスは勝手な奴だ。勝てそうもない魔物がいるから俺に神頼みして、今も命に関わるわけでもない痣程度で女神に頼る。

 それなら、俺にとってのメリットも示せ、だ。

 イリスはそれに応えたから、こっちも応えてやる。

 女神様は労働なんてしない。教会のヒモとして、ぐーたら楽しく暮らすのが夢だ。時々暇つぶしに冒険はほしいけどな。


「では女神様の大魔法を使う」

「な、なんと」

「まままままさかアレじゃないですよね!?」


 ユリがなぜか慌てている。不思議だ。


「決まってるだろう、ユリ。我が大魔法、失せろゴミクズだ。さあイリス、貴様の罪を数えろ!」

「ど、どうやって…」


 そこはノリで何とかしろ。



「さて、失せろゴミクズを発動するにあたってはいくつか懸念がある」

「な、なんだ? そもそも名前を聞いた時点で懸念しかないが」


 特に意味はないが、イリスには全身の武装を外させた。

 鎧の下に着る白の上下になった騎士団長は、肩幅が広い立派な体格だが出るとこは出ていて立派だ。ただし汗でびちょびちょだし蒸れて臭いもある。かの伝説のアキバリュックサック男に似た芳香だから、イリスも伝説の女の仲間入りのようだ。

 なお昨日のユリのまだら服が100ユリなら、35ユリ程度の異臭だから気にするほどではないことを付け加えておく。


「イリス。お前は自分がゴミクズでないという自信があるか? 俺の魔法は、ゴミクズをぽぽいのぽいするからな」

「え……」

「まぁ大丈夫だろうと思うけどな。一緒に魔物討伐して分かったが、お前は少し常識に欠けるだけの良い騎士団長だった」

「ミュー様に常識を疑われるとは…」


 イリスはなんだかショックを受けているようだ。

 別に俺だって自分が常識人だとは思わない。常識人どころか人ですらないから、女神は常識にとらわれないってだけだ。


「そして一番の懸念はユリ、貴様だ! 貴様は我が聖剣を箒で掃くという特殊プレイに目覚めた。これはゴミクズ警報発令だ!」

「何が特殊プレイですか!? ゴミは掃きそうじするのが当たり前です!」

「御神体を掃きそうじするのは普通じゃないからな」


 ならどうやって掃除するのかと聞かれても知らないが。布で拭かれるのも、それはそれで大変な結果を招く気がする。想像するとテントが破けそうだ。


「では始めるぞ。失せろゴミクズ!!」

「ぐああっ」


 適当にポーズを取って叫んだら、教会を覆っていた御神体の白濁液は一滴残らず消えた。おい、なぜ我が排泄物がゴミクズ認定なんだ。あ、排泄物だからいらなかったわ。

 そしてイリスはダメージを食らったようだ。すまない、やはりお前はゴミクズだったのか――――。


「なっ!? あ、痣が取れている!?」

「え…」


 ぽぽいのぽいされてなかった。ざーんねん。


「ありがとうミュー様、いや、全知全能の孤高にして最高の女神ミュー様と呼ばせてもらう! 私は貴方様にお仕えします!」

「はぁ? いらんぞ」


 俺は適当に堕落した格好いいハッピーライフを過ごす予定なんだ。騎士団長とのおつき合いはノーセンキューに決まっている。


「ちぇ。王国の跡目争いの切り札にしたいのに」

「お前のその腹黒さが邪悪な顔になってあらわれたんだろう」


 イリスは人面瘡を、誰かに付けられた呪いと推測している。

 とりあえずああいう病気は知られていないし、王室の醜い争いに関わっているイリスには、悪意をもった呪いを受ける理由もあるようだ。

 ただし、痣がいくら不気味でも、体力を削ったわけではない。現に山の中で魔物を退治したんだし。悪意にしてはつまらない嫌がらせだった。


「これでイリスにも結婚の申し込みが殺到するのか」

「イリス様ほどのお美しい方なら、よりどりみどりでしょう」

「元からバカなミュー様はさておき、ユリは少しは頭を使え。いいか、痣は数ヶ月前にできたが、私はそれ以前から相手がいなかった」

「俺は分かってたぞ。腹黒女だと避けられていたんだろ?」

「デカくて強いと敬遠されていただけだ! ミュー様もデカくて強いのに悩みがなくてうらやましいなぁ!」

「ならイリスも女神になればいい。空き物件の一つや二つあるかも知れないぞ」


 ミュー様の中の神とは引き継ぎすらしていない。この世界の神なんてその程度の軽い存在だ。

 などと事後の賢者の気分だったのだが。


「ヒイッ!?」


 一度聞けば忘れられない、独特なユリの叫び声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る