第10話 女神と騎士団は凱旋だ


「なんかうまそうな匂いがするぞ。食えるのか?」

「ミュー様、お前はそういう奴だよ」


 戦場の熱狂は冷めた。

 そして結界が解除され、その遙か彼方に――、巨大な死体が転がっていた。

 巨大ラトル、あるいは巨大恐竜という感じで、前脚は翼のようになり、全身が鱗に覆われた黒い身体。一部には模様のように汚い剛毛が生い茂っている。

 首筋から腹にかけて、線を引いたように傷痕がついた。ジグザグなのは、ふらふらするイリスの腕を無理矢理押さえつけたせいだ。

 白い光線は巨体を貫通して、ケツの方にも穴が開いている。焼け焦げた部分はまんまバーベキューの匂いだ。


「間違いありません、新種です」

「こんな恐ろしい魔物を一撃で倒すなんて、我らの団長は最強だ!」

「そうだそうだ、イリスは最強だ!!」

「「最強! 最強!!」」


 はしゃぐ団員たちに混じって適当なことを言っていたら、いつの間にかイリス最強コールが始まった。

 街を出るときは堅い連中だと思っていたが、ノリが良くて助かる。


「どう考えても私の力ではないのだが…」

「細けぇことは気にすんな、頭頂部の毛髪が減ってヒゲが生えるぞ」

「なんだその無駄に具体的な呪いは」

「女神様の祝福だ」


 イリスはいろいろモヤモヤがあるだろうが、あくまであれを倒したのはイリスであって俺ではない。少なくとも、俺はあんな波動砲みたいな魔法を使えないのだよヤマトの諸君。

 まぁ、あの感じなら殴ればどうにかなったかも知れないな。



 巨大なドラゴンモドキ魔物は、討伐の証明、そして今後の魔物研究のために持ち帰ることになったが、何しろデカすぎる。

 死体が山の斜面にあって、近くに道もないから、どうにかして山の下に下ろせないかイリスたちは検討していた。

 俺はまぁ、今度こそ部外者なのでその様子をぼんやり眺めていた。


「ミュー様、女神様、頼みがある」

「さっきから気持ち悪いな、様付けするな」

「む、そうか。なら胸に常識が吸い取られたデカ女、頼みがある」

「お前もデカ女だろうが」


 そうして話し合った結果、死体を魔法で浮かせて運ぶことになったらしい。

 とてもファンタジーな展開なので賛成したら、また力を貸せと。


「ただデカいだけの死体だろ? 魔法少女イリスちゃんがちょちょいと運んじゃうぞ、じゃねーのか」

「誰が少女だ。それに、今さらだがお前は魔法使いへの理解が足らなすぎる」

「そりゃ足らないだろう。今日初めて魔法を見たぞ」


 股間に生やしたのが魔法なら昨日か。


 で。


 イリスは自分の頭くらいの大きさなら、胸の辺りまで浮かせられる。

 部屋の隅のゴミ箱に紙くずを捨てられるし、十分にファンタジーな気がするが、二トントラックよりデカい死体には使えそうもない。

 仕方ない、これも格好いいスローライフのためか。


「おおっ! 浮いたぞ!」

「よしお前ら、死体、出発だ!!」

「「死体! 死体!」」

「頼むからそれだけはやめてくれ。第三騎士団の沽券に関わる…」


 イリスの後ろで俺は両肩をつかみ、そのままムカデ競走みたいに歩く。

 笹原の斜面でそれをやったら十歩ですべって転びそうになったので、イリスに自分の身体も浮かせろと頼んだ。

 そこからはイリスの身体だけ地面からわずかに浮いた状態で、後ろから俺が押す。俺の身体は浮いていないけど、女神様は転ばないようだ。だるまさんの代わりに人々に親しまれることは無理だった。


 やがてラトルをつないだ場所まで戻ると、そこからはのんびり山下りだ。

 ただし死体が木々に引っかかって通せないから、思いっきりたかいたかーいして進ませる。そう、まるで飛行船やくじらのように優雅に死体が空を飛んだ。


「こういうのが冒険ってやつなんだな。ファンタジー万歳だ」

「さっきまで死を覚悟していたのに、帰り道もこんなバカの相手をさせられるのか」

「「おい、団長様が退屈しているぞ! みんなで叫べ、イリス様万歳!! 死体万歳!!」」

「「イリス様! イリス様!」」

「「死体! 死体!」」

「頼むから正気に返ってくれ…」


 そうして麓に戻った時、真っ青な顔の村人たちに出迎えられた。

 もちろんそれは、空を飛ぶ魔物を見て大騒ぎして、死を覚悟した連中の姿だった。


「騎士団長のくせに想像力が足らないな。あんなものが浮いてれば大騒ぎになるに決まってるだろ」


 イリスは顎が外れたようにガタガタさせていた。いつの世も正論は耳に痛いものだ。



 その後。

 どうにかミモノミ村の連中を落ち着かせて、ラトルを返す。

 さすがにここからは空を飛ばすわけにも…と、縄つけて魔物を引っ張ってみたがビクともしない。


「あきらめろ、魔法少女イリスちゃん」

「ミュー様の奇跡にしてくれ」

「断わる」


 浮かせているのはイリスなんだから仕方ないだろ。

 俺が引っ張れば引きずって行ける可能性はあるが、その代わり街道も死体もボロボロになるわけで。


「イリス様の凱旋だ!! 皆はもっと囃し立てろ!!」

「や、やめ…」

「「イリス様万歳!! イリス様最高!!」」

「よーし、その調子だ」

「覚えていろよ、ミュー様」


 飛行船がダメなので、ダミーの台車を死体の前後に並べ、その周囲を団員たちが囲みながら進んでいく。

 俺は相変わらずイリスの背後で両肩を押さえ、適当に騒ぐ。

 どうせ大騒ぎになるんだから、最初から騒がせておけ。なんかその方がファンタジーって気がするからな。



 やがて、騒ぎを聞きつけたタニワの兵士がやって来たので、そいつらにもイリス様万歳を合唱させた。

 人数も増えてお祭になって、魔物の死体が浮いてることなんて些細なことになった…んじゃないかな。

 まぁイリスは大変だろうけど、それは俺の知ったことじゃない。女神様を勝手に巻き込んだらどうなるか、鎧女もよく分かっただろう。いや、俺も知らなかったけどさ。


「じゃあお役御免でいいな。ちゃんとギャラ払えよ、イリス」

「ま、待ってくれ」


 タニワの職安前の広場に魔物の死体を下ろして、イリスの背を離れてそのままトンズラしようと思ったら、まさかの展開に。


「親愛なるタニワの民たちよ! 我々は未知の強大な魔物を退治して、このように持ち帰った! 野放しにしていればタニワの、いや、タニワだけではない、ラビオカ王国は滅びの時を迎えていたであろう! だが大丈夫だ! この街の危機は去ったのだ!!」

「「おおーーーーっ!!!」」


 いきなり集まった野次馬相手に演説を始めるイリス。兜で顔を隠したままなのによく通る声だ。そしてアドリブでよくもまぁそれっぽい話ができるもんだ。素直に感心したが、それは油断であったと春秋には記されたという。


「困難な戦いだった。我々、王国第三騎士団の精鋭をもってしても歯が立たないかと思われた時、奇跡は起こった! 我らが最高神、ミュー様がお力を貸してくださったのだ!! 我々は尊きミュー様のお力によって、見事強敵を打ち倒したのだ!!」

「「ミュー様!! ミュー様!!」」


 っく。やりやがったなイリス。

 唖然としながら自分へのコールを聞いた俺だ。


 しかし。


 やがて気づいた。

 誰一人、俺を讃えていないことに。


「こいつらは女神をなんだと思ってるんだ…」

「女神様はお前みたいな奴じゃないはず、と思ってるぞ」


 思わずイリスの頭を小突いたら、普通に痛かった。


「というか、いい加減に兜脱げよ。英雄魔法少女イリスちゃん様の御尊顔を拝みたくて暴動が起きるぞ」

「どうしても魔法少女は外せないのか」

「ああ、絶対だ。ちゃんを忘れるな」


 俺だってイリスが少女じゃないことぐらい分かっているが、これはきっとたぶん女神の性(さが)なのだ。


「なぁミュー様」

「なんだ魔法少女ちゃん」

「この後、少し話がしたい」


 だから急に真顔になるな。見えないけど。


「お断りだ」

「言ってみたかっただけだろう。女神様は慈悲深い御方だ」

「言ってろ」


 ちっ、昨日知り合っただけのくせに俺を知ってやがる。そういや、こいつは俺が遭いたくない女第一位だったぜ。

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