第26.5話:悪い奴じゃない、じゃなくて。



「ごめん蒼葉。部活休ませちゃって」


「気にしないで。今日は必修じゃないし特にやることないはずだから。それに朝、あんな調子だったりりちゃんを一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」


「ん、ありがと」


 隣を歩く蒼葉に微笑まれて申し訳なさが滲んでくる。膨れ上がる負い目に溜息が出た。


 蒼葉は放送部に所属している。週に一度当番制で昼の放送を行い、放課後は月に二日の必修に加え、毎日自由参加で発声練習などの活動をしているらしい。


 予定がなければいつも参加している蒼葉は今日も行くつもりだったはず。けど、やらかしたあたしを心配して一緒に帰ってくれている。


 いつもこうだ。あいつ然り蒼葉然り、そして家族然り、あたしは誰かに迷惑ばかりかけてしまう。


 そんな自分が嫌になる。どうしようもない事だけど、どうしようもない事だからこそ余計に。


「もう、そんな顔しないでって。私も好きで一緒に帰っているんだからりりちゃんは悪くないでしょ?」


「ん」


 また気を使わせちゃった。つくづく嫌になる……けど、それを表に出すのも悪い。

 そう思って顔を上げようとしたところで、先に蒼葉が口を開いた。


「でもそんなに気にしているなら一つ、聞いてもいい?」


 もしかしたらあたしのために話を変えようとしてくれているのかもしれない。どこまでも気を使わせてしまっているけど、今はその厚意に甘えた方がいい。


 素直に頷くと、蒼葉はニコニコとした綺麗な笑みを浮かべて聞いてきた。


「朝、心羽君と何してたの?」


「へっ?」


 よく見ると笑みの中にニヤニヤ成分が混ざっている。というかどんどん濃くなってきて……もうニヤニヤそのものじゃない!?


 気遣いじゃなくて揶揄いたいだけなやつよね!?


「だって心羽君にドキドキさせてもらったから元気になったんでしょ? だから何をしてもらったのか気になっちゃうじゃない。友達として心配だし」


「えっ、そ、それはっ……!」


 首を傾げながらのニコニコニヤニヤ。


 そう言われると痛……くはないわね!

 狙いが見え透きすぎてて!


「揶揄いたいだけでしょ!?」


「もちろんそれもあるけど単純に興味あるの。リリちゃん達の営み」


「いいい言い方! というかやっぱり揶揄いたいだけじゃない!」


「あはは」


 蒼葉は楽しそうに笑うだけ。


 否定しなかったからやっぱりそうじゃない!


「というかなんでいつもあたしばっか揶揄うわけ?」


 日頃から他の人と話していても蒼葉はあんまり揶揄ったりはしない。どちらかというと同調したりとか愛想笑いしたりすることが多い。


 なのにあたしにだけやたらと揶揄ったり素で話をしてくれる。それはそれであたしを特別に想ってくれているってことだから嬉しいけど、その気持ちの表現方法はもうちょっとなんとかして欲しい。


 そんな蒼葉は何を今更、とでも言いたげにキョトンとして。


「決まっているでしょ?」


 一呼吸置いてからキッパリと言い切った。


「りりちゃんを揶揄うのが楽しいから」


「あたしは全然楽しくないんだけど!?」


「恥ずかしがるりりちゃん可愛いし」


「そ、そんなことないからっ!」


 顔が熱くなる。可愛いと言われることに悪い気はしないけど、やっぱり恥ずかしくて……もちろん狙って恥をかかされている事が。


 というかそんな理由だったの、蒼葉が執拗に揶揄ってくるのは!?


「それで、一体何してたの?」


「べ、別にいいでしょ、何してたって」


 このまま逃がしてくれないらしい、一周して話が戻ってきた。


 けど流石に抱きしめてもらってキスしてもらった、なんて言えないし……というか、そうじゃない!


 あんまり頭が回らない中、このままじゃヤバいと思ってさせちゃったけど、あたしまたキスしちゃったのよね!?


 しかも二回も! あいつもあいつで素直にしてくれたし!


 思い返すとどんどん胸の奥がくすぐったくなってくる。全身にむず痒さが広がってその分だけ熱くなってきた。


 どうしようもない鼓動の高鳴りに耐えていると蒼葉が顔を覗き込んできた。


「んんー? 顔真っ赤になっちゃった。もしかしてりりちゃん、思い出して恥ずかしくなっちゃったの? なおさら聞きたくなっちゃうね」


「そ、そんなんじゃないから。もう蒼葉の想像に任せるわ」


「ふぅん、いいんだ。私の想像に任せても」


 愉快げに目を細めると、蒼葉は立てた人差し指を顎に当てた。何気ない仕草ながら整った容姿のおかげでやけに決まって見える。


 けど今はその綺麗な横顔にゾッとした。そこはかとなく嫌な予感が込み上げてくる。


「うわぁ、りりちゃん、そんな大胆な事までしているの……?」


「へっ!? ちょっと蒼葉、な、何を想像してるのよ!?」


「あっ、それ以上はダメだよ! モザイクか謎の光が必要になっちゃう!」


「モザイク!? そ、そんなことまでしてないわよ! というかよく友人でそ、そんなこと想像できるわね!?」


 嫌な予感が的中して思わず叫んでしまった。

 すると蒼葉はニヤリとした嫌らしさを深めて見返してきた。


「んんー? そんなことって?」


「いやそれは、その、だから……うぅ…………」


 キスのその先が一瞬頭をよぎった。


 初めてあいつと話した時にやっちゃったことからさらに踏み込んでお互いに触れ合う、みたいなこと。もっと肌を見せ合って……。


 途端に今までなかったくらいのドキドキに襲われた。全身が熱すぎる血に侵されて足から力が抜け、ついその場にしゃがみ込んでしまった。


 ……待って待って待って変なこと考えないであたし!

 あいつとはそういうことする関係じゃないし!

 そもそも、あたしはそういうことできないし!


 落ち着こうにも一瞬でも頭に浮かんだ情事は、あたしには刺激が強すぎてどうにもできない。ただ暴れ回る鼓動を感じていることしかできない。


 というか蒼葉はなんてものを想像してんのよ友人で!?


 なんて狼狽えていると、元凶はあたしの横にしゃがんで頭を撫でてきた。


「あはは、冗談よ。何も想像していないから安心して」


「へっ……?」


 覗き込んでくる満面のしたり顔と目が合った。


「やっぱ真っ赤な顔のりりちゃん、可愛い」


「ば、ばかぁ!」


 どんな揶揄い方よ、全く!


 あたしは即座に立ち上がって逃げるように歩き出す。五月の陽気すら涼しく感じるほど顔が熱い。


「もう絶対言わないから! あと変な想像も禁止!」


「ごめんごめん、つい可愛くて」


 謝りながら着いてくる蒼葉の声は……全然謝ってる感じじゃない。嬉々とした音が混ざっている。本当に止めて欲しい。


「でもね、私ちょっと嬉しいし安心しているの」


 かと思ったら、横に並ぶと落ち着いた声色で言ってきた。


「私じゃりりちゃんにドキドキしてもらう役はできないでしょ? それが去年からずっともどかしくてね。だから心羽君に頼めるようになった今、良かったって思っているの。本当だよ?」


「蒼葉……」


 向けられた心配と安堵で言葉が詰まった。

 クスクスと喉を鳴らしながら、それでも揶揄う様子はなく蒼葉は続けた。


「去年から言ってたもんね。心羽君、タイプだって」


「か、顔だけね。話してみたら案外暗い奴だし、ちょっとムカつくところあるし」


「それでも信用しているんだよね?」


「まぁ、そうね……」


 今日、リスクを取って登校したのは間違いなくあいつがいたからだ。

 あいつに会えさえすればあたしの鼓動は安定させられるし、あいつはそうさせてくれると信じられたから。


 けど本当にこれを信用と言っていいのかは分からない。もちろんあいつの秘密主義的な性格があたしにとっては好都合で信用しているのは間違いない。


 それでも、あいつのそれ以外の部部を知った今、一方的に甘えられると、甘えてもいいと、より一層都合の良い考えを押しつけようとしている気がしてならない。


 この独りよがりの想いを、果たして単なる信用なんて呼んでもいいのか。


「心羽君みたいな男子、貴重だもん。私やりりちゃんにとって信用出来る相手を見つけるのは難しいでしょ?」


「うん……」


 経緯も状況も違うけど、あたしと蒼葉は中学の時に苦い思いをして男子に対して警戒心を持つようになった。ある程度距離を保って普通に接する分には問題ないけれど踏み込ませるのは怖い。


 あたしが病気のことをあまり知られたくない理由はそこにある。

 そして蒼葉には蒼葉の思うところがある。


 そんな共通点があったおかげなのかあたしたちは仲良くなれて、協力できることはすることにしていた。


 だからあいつにしようって決めるまでに半年かけて調べたし、唯一事情を知っている蒼葉にも手伝ってもらった。


「だから今、心羽君を頼ることができている状況は凄く良いことだと思うの。それが私は嬉しいし安心したんだ」


「……ありがと、心配してくれて」


「りりちゃんの病気に関しては私、心配しかできないから。それくらいはさせて」


「ん……」


 そう真っ直ぐ言われると照れる。申し訳なさよりも嬉しさの方が強く感じた。


 蒼葉はあいつの存在は貴重だって言ったけど、蒼葉だってあたしにとって十分貴重な存在だし大切な友人だ。会えて良かったと思うし、今ではいてくれなきゃ困るとも思ってしまうくらいに


「あーぁ、でもこれからは他にも心配することができちゃったなー」


「えっ?」


 突然蒼葉は空を仰いで湿っぽい声を出した。

 何のことか分からず見ると。


「心羽君にりりちゃんが取られちゃわないかなって心配」


「は、はぁっ!?」


 なんかめっちゃニヤニヤしていた。言わずもがな揶揄いモード全開の顔。

 オンオフの切り替えが唐突すぎてついて行けない。


「だって良い感じみたいだから、りりちゃんと心羽君」


「い、良い感じって! べ、別にあたしとあいつはそういう関係じゃないから! ただあたしが一方的に頼ってるだけであいつは付き合わされているだけだし!」


「ふぅん?」


「本当だから!」


 折角気遣いが身に染みていたのに台無しだ。


「というかあいつとはそういう事にならないわよ。あいつ、誰かと付き合うとかそういう気、持てないみたいだから」


「そうなんだ。でもりりちゃんだからなぁ」


「あ、あたしだからって何よ?」


「可愛いから心羽君が好きになってもおかしくないと思うよ?」


「た、多分無いわ、あいつに限って」


 キスするのも抱きしめるのも、なんだか普通にやっちゃうし。

 今朝もそうだったけど、意識してなさすぎないって思うくらい自然とやっちゃうし。


 それが……やっぱりむかつく。


「ふぅん、そっかそっか」


「な、なによ?」


「ならりりちゃんが好きになっちゃう事はあるのかなって」


「は、はぁ!? そ、それもないから! 確かに顔は良いし悪い奴じゃないけど……」


「悪い奴じゃない、だけ?」


「……良い奴よ」


 あたしの事を想ってくれて、病気のことも理解しようとしてくれているみたいで、我が儘に付き合ってくれている。


 間違いなくあいつは良い奴だ。そこは認めなきゃいけない。

 でも、良い奴だから付き合ってくれているだけだということも忘れちゃいけない。


「んー、でもさ、そもそもドキドキさせて、なんてお願いを聞いてくれた時点で脈はあると思うよ?」


「そうでもないわ。蒼葉が相手でもあいつなら引き受けたから」


 もちろん誰だって良かった訳じゃないと思う。


 けどあたしであることじゃなくて、頼られていること、必要とされることにあいつは価値を置いている。


 だから今回はたまたまあたしだっただけで大半の女子なら受け入れられたはずだ。それこそ蒼葉だったとしても。


「そっか。りりちゃん、心羽君のことよく分かっているんだね」


 蒼葉は優しく笑って続けた。


「やっぱりりちゃん、結構心羽君のこと好きだよね」


「は、はぁ!? ち、違うから! き、嫌いじゃないけど、これは好きとかじゃないから……」


「ふぅん?」


 ニコニコとニヤニヤの中間顔を向けてくる蒼葉から顔を逸らす。


 間違っても好きじゃない。本当に、絶対。あいつは好きというよりも、信じられて甘えさせてくれる貴重な存在。言い方を変えれば、程度こそあれ迷惑をかけられる都合の良い存在だから。


 それを好きだと言ってしまうのは乱暴すぎるし、あたしを心配して真剣に付き合ってくれているあいつにも失礼だ。


 だからあたしはあいつのことは好きじゃない。こんな我が儘なだけの想いを好きだと思いたくない。


 あたしたちはそういう関係だから。



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