第17話:ドキドキするための日々



「少しは何か思いついた?」


「それなりには」


 放課後、いつものように特別館一階隅の空き教室に呼ばれた僕は天ノ衣さんと向かい合って座った。早速とばかりに切り出された問いに頷くと「そっ」天ノ衣さんは澄まし顔で頷き返してきた。


 そして一度息を吐くと真剣な表情で見つめてきた。


「でも、その話の前に決めておきたいことがあるの」


「決めておきたいこと?」


 やけに真面目な雰囲気に気圧されつつも聞き返す。


「いつこの関係を止めるかって事なんだけど」


「関係を止める……?」


「何意外そうな顔してるのよ?」


「いや、天ノ衣さんは止めても大丈夫なのかなって」


 止めるというなら僕はそれでも構わない。名残惜しさはあるけど、好きになる可能性が大分減るのは助かるし。


 でも定期的にドキドキする必要がある天ノ衣さんはいいのだろうか。

 もちろん今までホラー映画やゲーム、少女漫画で事足りていたのだから僕を利用する以外にも対処法はあるんだろう。


 ただ、それでは足りないから僕を頼ろうとしてくれているわけで……あっ、そうか。


 単純に僕と何かする時と同じくらい効率のいいやり方があれば僕である必要は無いんだ。つまりそれが見つかったらわざわざ僕を呼び出す必要は無い、ということなんだろう。


 と思ったけど違うらしい。


「大丈夫じゃないけど」と天ノ衣さんは続けた。


「あたしかアンタに好きな人が出来たら続けるわけにもいかないでしょ。だからそうなったらこの関係は終わりにしなきゃいけないわよね?」


「なるほど。それもそうだね」


 本来、天ノ衣さんだってドキドキさせる役なんて好きな人以外にやらせたくはないはずだ。だから好きな人が出来たら僕じゃなくてその人に任せることにする。当然の流れだ。


 対して僕の方はというと、そもそも誰かと付き合うつもりは一切無いからほぼしばらく天ノ衣さんとの関係を続けられる。まぁ卒業してもまだ続ける、と言われたら流石に考えなきゃいけないけど。


 だから実質天ノ衣さんに好きな人が出来るかどうかに依存するだろう。


「分かった。じゃあ好きな人が出来たらすぐ言ってね」


「アンタこそ言いなさいよね」


「うん」


 どう転んでも僕から言う事は無いんだろうけど頷いておいた。


「さ、この話はこれでいいとして、これからの話をしましょ。まずはアンタの考えてきたこと教えてよ」


「そうだね。思い付いたのはキスする時みたいに頬か顎に手を添えさせてもらって顔を近づけるとか、後はバックハグだけど……どうかな?」


 姉さんに聞いた時はそうでもなかったのに、いざ本人に対して言ってみるとなんだか恥ずかしくなってくる。する瞬間をよりリアルに想像してしまうからかもしれない。


 同時に全く天ノ衣さんに刺さらず却下されてしまうという不安もある。ただ姉さんだって女子ではあるのだからドキドキするかどうかの信憑性はそれなりにあるはずだ。


 問題は顔という大事な部分に触れること、そして抱きしめるという行為を天ノ衣さんが受け入れられるかどうかはまた別の話だということ。いずれにせよ好きでも恋人でも無い人からされるのには抵抗があってもおかしくないような行為だから引かれないかも心配になる。


 その天ノ衣さんはというとびっくりしたように目を開いた後「そ、そうね……」呟いて髪の先を摘まんでいる。シミュレーションをしているのか少し頬が赤くなった。見たところ感触は悪くなさそうだ。


「ま、まあそれなら許容範囲だし、試してみるのもいいかも。他にはなんかないの?」


「えーっと、そうだね。あとは思い付かなかった……かな」


「そう、まあいいわ。案は少ないけど変なのがなくて安心したし」


「なら良かった」


 無事合格点はもらえたらしい。ホッと胸を撫で下ろす。


 流石に一緒にドキドキする、という案は言わなかった。最終的に天ノ衣さんをドキドキさせるためとはいえ、僕をドキドキさせるというのは趣旨が変わってくるし、やったところで天ノ衣さんに何も響かなければなんか惨めになるだけだから。


「でもアンタにしては大胆なこと思い付いたのね。その、バックハグとか」


「なんとかね」


 姉さんに話した事を言うのはやめておいた。姉さんから他人に話が漏れることはまずないけど、第三者に話した事を伝えたら余計な心配をさせてしまう可能性がある。

 それなら黙っておいた方がいいだろう。


「天ノ衣さんはどんなこと思い付いたの?」


「そ、そうね……」


 聞くと天ノ衣さんはいつものように髪を触りながら口を尖らせてモジモジし始めた。


 うっかり聞いてから凄く答えにくい質問をした事に気がついた。


 自分がドキドキするであろう行為を公開するなんてある種の羞恥プレイだ。それも今回は僕にやらせることが前提になっている。そんなことを口にするのはやっぱり相当恥ずかしいだろう。天ノ衣さんのタイミングに任せた方が良かった。


 申し訳なく思いながら恥ずかしがる天ノ衣さんを見てなんとも言えない気持ちになる。


 姉さんの言うとおり、その様子を見ているだけで僕もちょっとドキドキする。相変わらず可愛いし。


 なんて思いながら急かすことも出来ないまま返答を待っていると、少し顔を赤くした天ノ衣さんはスマホを取り出して操作し「別にされたいって思ってるわけじゃないから」尖った唇でこっちに差し出した。


 見るとメモのアプリに色んな行為が羅列されていた。スクロールしなきゃ全部見られないらいの量に感心する。


「すごい。たくさんあるんだね」


「参考にしたの、漫画を」


「なるほど」


 天ノ衣さんらしい。少女漫画を読んでいて天ノ衣さんがいいなと思ったシーンを再現するなら、実際にドキドキもしやすいかもしれない。


 問題は僕が相手でもドキドキできるのか、だけど……そこは僕なら何やっても大丈夫だろうという姉さんの言葉と自分の顔を信じることにする。


 折角頼ってくれているんだし出来ることは全力でやって、なおかつ極力天ノ衣さんが少女漫画に抱いている夢を壊さないように僕も頑張ろう。もちろん天ノ衣さんを意識しすぎないように、僕の方がドキドキしすぎないように気をつけながら。


 それにしても凄い量だなと思いながら一つ一つ目を通していくと聞いたことのある単語がいくつかあった。壁ドンとかお姫様抱っことか頭ポンポンとか、あとはバックハグも入っている。


 どうやら天ノ衣さんもバックハグは候補に入れていたらしい。

 その点、もしかしたら天ノ衣さんもちょっと感覚がおかしくなっているかもしれない。


 キスしたんだし抱きしめるのはセーフだよね、みたいな。

 とはいえこれも言うのは止めておく。


 意識させてしまって出来るはずのことが出来なくなるのは天ノ衣さんにとってよくない。あくまでやろうとしていることは対処療法であり、必要なことなんだから。


「じ、じゃあ、とりあえず一つずつ試していくって事でいい?」


「う、うん、わかった。リストの上から順番にやってみようか」


 メモに目を落とすと、一番上にあったのは『頭ポンポン』だ。

 頭ポンポン、つまり頭を撫でるだけならわざわざ立つ必要も無い。


 最初の一つ目としてハードルが低くて安心した。



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