第16.5話:おあずけされた夜
「まったく、あいつは一体あたしの覚悟をなんだと思っているのよ」
布団を被って吐き捨てた。
頑張ってキスしてって言ったのを一度は断るし、やっぱりやるってなったのに触れる直前でまた止めるし。
キスしてって言うのが、しようとするのがどれだけ恥ずかしいか知っているのかしらあのばか。
知らないからあんな事できるのよね、うん。もし知った上でやったなら鬼畜の所業よ。
まぁ、一応あたしのためを想って止めてくれたみたいだから憎むこともできないけど……逆にそこがちょっとむかつくわ。
別にあたしはそこまで嫌じゃないし、またしてもいいんだけど。いや、したいわけじゃないけどもう一回しちゃったんだから二回も三回も同じかなって思っただけで!
顔だけ見ればしてもいいかなって思えるだけで!
……って、何に言い訳しているのよ、あたしは。
ばかばかしくなって溜息を吐き、布団から顔を出す。熱くなった顔は部屋の空気じゃすぐには冷やされてくれない。
もう一度熱を逃がすように息を吐きながら電気を消した暗い部屋の天井を見つめる。
でもあいつが誰とも付き合っていなくて良かった。
こんなことを頼める奴は貴重だ。
もちろん、絶対誰かを頼らなきゃいけないわけじゃない。効果はちょっとずつ薄れてきているにせよホラー映画やゲーム、少女漫画があるし、なんなら効果がある内に代わりの物を探したっていい。
けど思春期のあたしにはこういうやり方が一番効果的だ。恋人がいる人ほど症状が安定する傾向があるって病院の先生も言ってたし。
だから誰かを探していた。恋人としてじゃなくても、いい具合にドキドキさせてくれる人を。もちろん恋人がいればそれが一番なんだけど、あたしにはまだそうなりたいと思える相手がいないから。
自発的に探せば探すほどに運命の出会いから遠ざかっていくのは残念だけど仕方ない。
必要な相手は秘密を厳守してくれて、それをネタに揺すってこない程度には優しくて、そして顔が好みで、最低限あたしのことを思いやってくれる奴。
でもそんな奴、なかなか居ない。それは中学の時、痛いくらいに学んだから分かる。
だから顔を見てあいつにしたいと思ってから、まずは調べることにした。性格とか周りからの評判とか普段の振る舞い方とか、悪い噂はないかとか。去年の九月以降、怪しまれないように聞き回ってみた。
あまり病気のことを話すつもりはなかったけど、最悪そうなっても良いように。
そうやって調べていくうちに行き当たったのは『特に何もない』ということだった。別段いい噂もなければ、かといって悪い噂もない。顔の割には空気みたいな奴。それがあいつだった。
きっとあまり他人と関わってないんだろう。それならそれで問題はない。いい噂しか流れていないよりはまだ信じてみても良さそうだ。
そう結論づけて話しかけようと思ったところで同じクラスになった。
そして話してみたら思った通り悪くない奴だった。むかつくところもあるけど、少なくとも思いやってはくれているみたいだし。
おかげで定期的にちゃんとドキドキさせてくれそうな相手が見つかったって安心できた。
キスするのを止めようと言われた時はもう手伝ってくれなくなるのかと焦ったけど、それもあいつなりの気遣いだって分かって安心した。止めた時の事を考えていなかったのは論外だけど。
でも、そうだ。
本当にあたし達の関係を終わらせる時のことは考えておかなきゃいけない。
あいつに好きな人ができて誰かと付き合い始めるかもしれないし、よっぽど無いとは思うけどあたしがそうなるかもしれないから。
もしあいつに好きな人が出来たなら、誰かと付き合い始めるならこんなことを続けさせるわけにはいかない。
キスはもうしないにせよ、週一くらいで呼び出して二人きりで一緒にいてもらうなんて彼女がいる相手にはさせられない。彼女じゃなくても好きな人が出来た時点であたしは邪魔にしかならない。
そうなったならあたしはあいつを諦めるしかない。
ならいっそ、あいつと付き合っておくか、といわれるとそれは違う。
顔以外あいつを好きなわけじゃないし、あいつだって別にあたしの事が好きってわけじゃないはず。そんな状態で付き合いたくない。付き合うなら両想いがいい。それが綺麗で理想的な恋だから。
それに恋人という肩書きを背負わせてあいつを縛り付けるのは人として無い。病気を盾に色々やらせているのとそう大差ないのかもしれないけど、気持ちまで無理矢理こっちを向かせるのはやっぱりあり得ないだろう。
だからあいつがもうあたしに構っていられない、となればその時はあたしはすっぱりと諦める。そうなっては欲しくないけど、そうするしかない。
って、これじゃまるであいつのことが好きみたいじゃん。
「ばっかみたい」
というかなんであたし、あいつのことこんなに考えてるわけ?
別に今すぐそんなことにはならないはずよ、うん。
だって去年あいつはずっと彼女を作らなかったみたいだし、もし彼女を作る気があるならあたしに協力してくれるはずないだろうし。
しばらくはきっと大丈夫だろう、多分、おそらく。なのになんで不安になってるんだか。
「……ほんとむかつくわ」
小さく吐き捨てた言葉は行くあてもなく部屋の中に溶けていった。
溶けた言葉はあいつに向けられたのか、それとも自分に向いていたのか、あたし自身も分からないまま部屋の中を満たした。
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