第5話 リリスの乗馬事件

 そんな騒動があった日の午後に、リリスたちの乗馬の授業が始まった。

 通常、貴族は馬車を使用するが、乗馬は貴族必須のスキルの一つである。

 そのため、この学院には馬場があり、自らの馬を学院の厩舎に預けている者もいる。

 貧乏貴族であるリリスは学院所有の馬に乗ることになる。

 リリス達はこの授業のために、白いズボンに黒いロングブーツ、黒いタイトなジャケットの乗馬服に身を包んでいた。長い髪はまとめて帽子に収めるスタイルである。


 数名づつのグループでゆっくりと歩く常足で回る。リリスには、こんな都会の厩舎に預けるほどのお金はないが、故郷では自分の馬に乗っていたため、何の問題もなく馬に乗れていた。領地を色々と見て回るには馬車なんかよりも、馬の方が便利だった。移動中に領民ともコミュニケーションが取りやすい上に、ある程度の悪路でも問題なく移動できる。雨の日でもリリスは馬で移動する事が多かった。そのくらい、リリスは馬に乗ることに慣れていた。

 乗馬場は柵に覆われて、地面は綺麗に整地されて、万が一にも落馬をしても衝撃が少なくなるように細かく柔らかな砂が敷き詰められていた。こんな優しい環境で馬に乗るなど、リリスは授業というよりも、レジャーの気分だった。


 軽やかに馬に乗るリリス。

 そんなリリスを悪意の目で見る者達が集まっていた。カタリーナのグループの令嬢達だった。マリウスにちょっかいをかけていた従者達の主人達だった。


「あの子でしょう、ジル王子に逆らっていた子は」

「少し痛い目を見ればいいわ。たかだか田舎貴族が調子に乗っていますわ」


 令嬢の一人がリリスが乗っている馬に向かって石を投げつけた。

 ヒヒィーン

 リリスが乗っている馬が暴れ始めた。


「どうしたの、落ち着いて!」


 まずい、まずい、まずい。どうしたの、急に!

 リリスは心の中で慌てながら、必死で馬をなだめようとするが、馬は落ち着くどころか、暴走して前を歩く馬にぶつかりそうになる。

 ぶつかればリリスはもちろん、前の馬に乗っているシャーロットも怪我をする恐れがあった。

 助けて!

 リリスは声にならない声を上げる。

 そこに飛び乗った一つの小さな影はリリスから手綱を奪い、馬の首に手を触れると馬は急に力が抜けたように大人しくなった。


「大丈夫ですか? シャーロット様」


 マリウスはリリスの馬を制御しながら、前の馬に乗っているシャーロットに声をかける。

 リリスの馬に当てられたのか、シャーロットの馬も興奮気味ではあった。しかし、リリスの馬から飛び降りたマリウスが、シャーロットの馬に触ると途端におとなしくなった。


「大丈夫ですわ。ありがとう。マリウス君」


 シャーロットは、その透き通るような白い顔を赤らめながら答えた。


「でも、興奮した馬は危ないですわよ。むやみに近づいては駄目よ」

「主人がご迷惑をおかけして申し訳ございません。普段はあのようなことはないのですが、慣れない馬のせいでしょうか」


 そう言って柔らかな金色の頭を下げたあと、リリスに向き直る。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう。おかげで大惨事にならなくて済んだわ。突然、この子が暴れだして」


 リリスは馬から下りると、手綱をマリウスに預けて、シャーロットのもとにおもむく。


「シャーロット様 (小麦)、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。お怪我はございませんか?」

「あなたたち田舎者の方が乗馬は得意でしょう。お気をつけあそばせ」


 そう言うシャーロットの後ろから、茶色のストレートロングの令嬢が現れた。


「シャーロット様はお優しいのでそう言いますが、あなたはわざと暴れさせたのではないでしょうね。リリスさん」

「そんなことするはずがありませんわ、カトリーヌ様 (牛、乳製品)」


 気が強そうな茶色いつり目のカトリーヌに話しかける。

 カトリーヌの後ろには数名の令嬢たちが「本人はそう言いますよね」「あの子は計算高いから」とかカトリーヌの援護射撃をしてくる。


「なぜわたくしが、そんな危険な事をしなければならないのですか?」


 リリスがカトリーヌ達に反論をしようとしたとき、男の怒声が響く。

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