第5話 バトルの結末、そして

 バトルの後で、俺たちは片瀬さんに案内されて、けん玉教室の休憩スペースで会話をしている。


 片瀬さんが出してくれた冷たいお茶は、バトル後の熱くなった身体にはちょうどいい。


「最後の燈弥とマサムネの心を通わせた感じ、最高だったぜ!」

「負けたのは悔しいけど——剣城のおかげで、共鳴することの大切さが分かった」


 俺たちは、燈弥たちとのバトルに勝った。


 炎の竜と雷の虎のぶつかり合いは、見ていてすっごくハラハラした。


 だけど、一ターン目にユキトが与えたダメージがマサムネに残っていて、ユキトの炎の竜が押し切った。


 そんな俺たちのやりとりを堅翔は、おせんべいをバリバリと食べながら見つめている。


「燈弥くーん、今度は僕とも勝負してねー」

「おう! もちろん!」

「やったー」


 喜んでいる堅翔の隣で片瀬さんも嬉しそうにしている。


「うん、今の燈弥くんなら僕の試練にも合格できそうだね」

「じゃあ——」


 燈弥は目をキラキラと輝かせて片瀬さんを見ていたけど、片瀬さんは首を振った。


「試練は一日一回。また明日おいでね」


 笑って言う片瀬さんだったけど、燈弥は悔しそうに机に突っ伏した。


「くそー、でも仕方ねえか。マサムネも休みたいだろうし……」


 今までの燈弥だったら、焦ってマサムネが疲れていてもお構いなしに、片瀬さんにお願いしていたかもしれない。


 ——燈弥、ちゃんとマサムネの声、聞けてるな。


 嬉しい気持ちを感じながら、俺はバトルの中で約束したことを燈弥に質問することにした。


「でもさ、どうして燈弥はけん玉バトルに強くなりたいって焦ってたんだ?」


 俺の質問に、ドキッとした様子で燈弥は机から顔を上げた。

 

「そう言えばそんな約束してたな……」


 燈弥はちょっと迷っているような顔をしていたけど、少ししてから喋り出した。


「俺、四月になって大阪からここに引っ越してきたんだ。友達もいなくて——けん玉バトルで強くなれば、きっと友達ができるって思ったんだ。だけど……焦って、全然上手くなんてならなかった」


 ——そっか、燈弥は友達を作りたかったのか!


 だから、焦って強くなろうとして、パートナーの声を聞けなくなってたんだ。


「でも、今日逢坂と一緒にバトルができてすっごく楽しかった! マサムネと息を合わせたバトルがこんなに楽しいなんて——けん玉がこんなに楽しいなんて知らなかったぜ!」


 本当に嬉しそうにいう燈弥の顔を見ていると、俺も嬉しい気持ちになる。


「逢坂、よ、よかったらさ——」


 少し恥ずかしそうに何か言いかけた燈弥の言葉を、俺が被せるように叫んだ。


「燈弥! バトルギアのフレンド登録しようぜ!」 

「お、俺の台詞とるなよ!」


 そう言いつつも、俺と燈弥はフレンド登録をした。


「よし、フレンド登録完了! じゃあ、燈弥も俺のこと、剣城って下の名前で呼んでくれよ。友達の証だ!」


 燈弥は目をうるうるとさせながら頷いてくれた。


「……ありがとな、つ、剣城」


 燈弥と笑い合っていると、堅翔もおせんべいを食べながら言った。


「じゃあ、僕とも交換しよー」

「やった! 一日で二人も友達ができた!」


 立ち上がって喜ぶ燈弥を片瀬さんは嬉しそうに眺めていると——教室の入り口のドアが開いた。


 黄緑色の髪を頭の後ろで結んだ、スラッとした背の高い女の子が入ってきた。


 女の子でもけん玉バトルをする人はいる。


 この子もやっているのだろうか、と思っていると片瀬さんが女の子に声をかけた。


「零奈ちゃん、お帰りなさい」

「…………」


 ——おかえりってことは……


 片瀬さんの方を向くと、困ったように頭の後ろに手を当てている。


「紹介がまだだったね、娘の零奈ちゃんだよ」

「勝手に紹介しないで。それに、もう五年生なんだから、ちゃん呼びするのもやめてよね」


 零奈からはひんやりとした冷たい雰囲気を感じた。

 

 ——本当に、片瀬さんの娘なのか?


 零奈は部屋の奥に歩いていく途中で俺たちのことを一瞬だけ見ると、見下すような表情で笑った。手をギュッと握って。


「……そんなもので遊んで喜んでいるなんて、まだまだお子ちゃまね」

「れ、零奈ちゃん! そんな言い方は」


 片瀬さんは何か言おうとしていたけど、零奈はそのまま部屋の奥へと消えていった。


 その背中は、なんだかちょっと寂しそうに見えた。


「うわー、ちょっと怖いかも」

「なんだよあいつ! けん玉をバカにしやがって!」


 堅翔は呆然として、燈弥は怒っていた。


 でも俺は、零奈から怖さも怒りも感じなかった。いつもだったら、燈弥みたいに俺も大好きなけん玉を馬鹿にされたら怒っていたと思う。


 だけど、零奈に怒る気持ちがわかなかった。声に、本気でけん玉が嫌いだと言う気持ちが俺には伝わってこなかった。


 ——あの子、もしかして何かに困っているのか?


 零奈の部屋へと消えていく背中を見つめながら、俺はそんなふうに感じた。

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