第2話 鈴木屋分店《再取材》 前よりマシになりました?
再訪するのは、あの「鈴木屋分店」である。
そう、須藤彩香が〈前回〉ガン無視された店。話しかけても返事はなく、カメラを構えようものなら、厨房の奥から「撮影禁止」の一喝。あの玉砕を機に、ぼくちゃんは「取材拒否の美学」なんて記事を一本書いた。だが、未練は消えない。というか、PVがあまりに伸びないので、わりと必死だった。
「だから、ぼくちゃんが行きます」
提案してくれた須藤彩香に、きっぱりと返した。
この企画は、ぼくちゃんが自分の足で、裏街道をもう一周する旅なのだ。彩香の笑顔にすがるのは簡単。でも、それでは前と同じだ。成長がない。
* * *
日曜の午後。開店直後の店の前に立つと、以前と変わらぬ「営業中」の札が出ていた。
ええい、ままよ、と暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ」
──えっ、声がした。前はなかった“挨拶”が、ふつうに飛んできた。
しかも、女将らしき人物がカウンターの向こうから、ぼくちゃんに目線を送ってくる。敵意はない。どころか、まさかの「笑顔」である。
「……カレー、まだありますか?」
「うちはカレーしかないですけど、それでいいなら」
う、うそだろ。
取材の申し出はまだしていない。だが、少なくとも“カレーを注文する客”として、ぼくちゃんは店内に受け入れられた。
ここまでは、前回と違いすぎる展開だ。緊張で胃がきゅっと縮まる。
「それで……カレーの写真、撮っても?」
「出す前に聞くんだ、えらいね。じゃ、料理だけならいいよ」
「……店内も少し……」
「撮るのは自由、SNSに上げるのはやめて。それが条件」
条件つきとはいえ、これは“受け入れられた”ということだ。
きっと、彩香の時の拒絶が余程インパクトを残したのだろう。いや、前回のぼくちゃんの記事が、逆に“効いた”のかもしれない。どちらにせよ、今回はちゃんと向き合ってくれている。
カレーは、見た目に派手さはないが、スパイスの香りが際立っている。
一口食べて、ふと思う。「これ、前と同じ味ですか?」と聞いてみた。
女将は、すこし考えてから言った。
「前よりマシになったと思ってるけど、そっちの感想のほうが大事」
──いい。そういう言葉が、ぼくちゃんは好きだ。
この一杯に、また会いに来たい。そう思わせるカレーだった。
* * *
「で、どうやって取材したの?」
原稿を読み終えた須藤彩香が、問う。
「……妄想です」
「ほらね」
「でも、彩香さんがいなくても、書けましたよ」
「だから、わたしが行くといったのに」
……うん。耳が痛いです、彩香さん。
(つづく)
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