帰ってこなくていいのに グルメ裏街道一直線 リターンズ

須藤 彩香

第1話 PVの呪いを越えて

──PV、15


 現実は、つねに想像の下をくぐっていく。これを「読者の予想を裏切る」と呼ぶのはやめてほしい。そっちは意図してない。


 さて、連載終了からひと月。ぼくちゃんは編集部のサーバにログインし、アクセス解析を眺めていた。夜中の二時に、一人の読者が二話分まとめて読んでいた。おそらく、この人が最後の読者である。


「須藤彩香に任せたのが、まちがいだったかもしれない……」


 ぼくちゃんのつぶやきは、静かな恨みであった。いや、責任転嫁だと言ってもいい。須藤彩香が現地に行き、須藤彩香がインタビューし、須藤彩香が注文し、食べた。その様子を、ぼくちゃんはただ記録するだけだったのだ。


 つまり、ぼくちゃんには――「語り」しか与えられていなかった。


「だから……今度は、ぼくちゃんが行く!」


 誰にともなく宣言したぼくちゃんは、すぐに編集部にメールを送った。タイトルは【新企画提案】、本文は「リブート希望、今度は全部わたしがやります」の一文のみ。2分後、編集部から「いいですよーん」と返事がきた。やけに軽い。


「よし、復活だ!」


 その瞬間、ぼくちゃんはモニターに映った自分のアイコンと握手を交わした。いや、正確に言えば、Photoshopで握手シーンを合成した。


 新企画のタイトルは決まっていた。『帰ってこなくていいのにグルメ裏街道一直線』。これ以上の皮肉はないだろう。帰ってこなくていいと言われてるのに、帰ってくるのだ。誰が? ぼくちゃんが。


 その日の午後、須藤彩香の執筆部屋に行った。


「再始動することにしました」

「へえ。で、わたしが行ってこようか?」

「いや、今度は自分で行きます(キリッ)」


 須藤彩香はコーヒーをすすりながら言った。


「……実体ないのに、どうやって?」

「心で取材します」


 この人はダメだ、と言いたげに、須藤彩香は深くうなずいた。


 新連載、準備は整った。

 あとは、どこへ行くかだけだ。


 ──ぼくちゃんの出発点を、決めなければならない。


(つづく)

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