第2話 道に迷った勇者

 コショウネズミとの一件から三日後、勇者は順調に旅を続けていた。新しい荷物袋も買い直したし、食料も十分に確保してある。今度は絶対に同じ失敗はしないと心に誓っていた。


 朝から快晴で、歩いていても気持ちがいい。予定では今日の昼過ぎには、ルーンベル村に到着できるはずだ。そこで情報収集と一泊して、明日は武器の手入れと引き続き情報収集をしようと勇者は計画していた。


 勇者は手持ちの地図を確認した。この道をまっすぐ進めば、ルーンベル村にたどり着ける。地図上では単純な一本道で、道に迷う要素は、どこにもないように見えた。


「よし、順調順調」


 鼻歌混じりで歩いていると、前方に分かれ道が現れた。


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「あれ?」


 地図をもう一度確認してみる。でも、この分かれ道は地図に載っていない。


 左の道は地図通りにルーンベル村方面に続いているように見える。右の道は新しく整備された様子で、しっかりとした道標が立っていた。


「ルーンベル村(新)→」


 勇者は首をかしげた。新しいルーンベル村? それはどういう意味だろう。地図には「ルーンベル村」としか書かれていない。


 勇者は少し考えた後、まずは地図通りの左の道、つまり旧来の道を進んでみることにした。地図が正しければ、そのままルーンベル村に到着するはずだ。


 一時間ほど歩くと道が少し荒れてきて、ところどころに草が生い茂っていた。しかし、人が通った跡はある。


 さらに一時間ほど進むと、ようやく村らしき建物が見えてきた。しかし、近づくにつれて勇者の顔に不安の色が浮かんだ。


「これが……、ルーンベル村?」


 目の前に広がっていたのは、廃村となった集落だった。家々の屋根は一部崩れ、窓ガラスは割れ、庭には雑草が生い茂っている。村の端から中心部にかけて、大きな土砂崩れの跡が見えた。山の斜面が崩れ、村の半分ほどを埋めてしまったようだ。


 勇者は慎重に村の中を歩いてみた。完全に無人ではなさそうで、数軒の家からは煙が出ていた。


「おや、旅人さんか?」


 突然、声をかけられて勇者は振り返った。そこには白髪の老人が立っていた。


「はい……、ここはルーンベル村ですか?」


「かつてはな。今じゃ『旧ルーンベル』と呼ばれているよ」


 老人は穏やかに微笑んだ。


「五年前に大きな土砂崩れがあってな。村の半分が土砂に埋まってしまった。危険だということで、ほとんどの住民は新しい場所に移住したんだ」


「でも、あなたは?」


「わしら老人は長年住み慣れた土地を離れたくなくてな。危険な場所は避けて、ここに残ることにしたんだよ。今じゃ十軒ほどの家族だけがここで暮らしている」


 老人の話を聞いて、勇者は納得した。だから地図に載っているルーンベル村と、道標に書かれていた「ルーンベル村(新)」があるのか。


「新しいルーンベル村は……、分かれ道から、どれぐらいのところにあるんですか?」


「分かれ道から右の道を行けば、すぐだよ。今から引き返せば、夕方ごろには着けるだろう」


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 老人にお礼を言って、勇者は来た道を引き返した。分かれ道まで戻ると、もう太陽が傾きかけていた。ここから右の道を進めば、新しいルーンベル村に行けるはずだ。


 勇者が道標通りに進むと、森を抜けたところに新しい村が見えてきた。旧村とは違い、整然とした区画に新しい家々が並び、村の周囲には畑が広がっている。


 村の入口には「新ルーンベル村」と大きく書かれた看板が立っていた。確かに、元の場所よりも立地が良さそうで、村全体が活気に満ちている。


 宿屋に入ると、女将さんが温かく迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。「新月亭」へようこそ」


「実は旧村に行ってしまって、少し回り道をしてしまいました」


「あら、古い地図の旅人さんですね。そういう方、多いんですよ」


 女将さんは慣れた様子で説明してくれた。実は、勇者のように古い地図で旧村に行ってしまう旅人が後を絶たないらしい。そのため、村では分かれ道に道標を設置したり、旧村に残る住民にも新村への道を教えてもらったりしているそうだ。


「でも、王都で買った『最新版』の地図のはずですが……」


「王都では『最新版』と謳っていても、実際には辺境の小さな村の変化までは更新していないことがよくあるんです。地図の更新には王国の測量士による正式な調査が必要だそうで、辺境の小さな村の変化は優先度が低くて、調査が遅れがちになるとかで」


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 夕食を食べながら、勇者は今日の出来事を振り返ってみた。


 地図を信じて回り道をしてしまったのは、確かに自分の判断ミスだった。道標があったのに、地図を優先してしまった。でも、同時に学んだこともある。


 一つ目は、地図だけに頼らず、現地の標識や人々の話に注意を払うことの大切さ。


 二つ目は、世界は常に変化しているということ。土砂崩れのような自然災害は起こりうるし、人々はそれに対応して生活の場を変えていく。


 三つ目は、情報には常に遅れや不正確さが含まれる可能性があるということ。「最新版」と謳われていても、全ての情報が最新とは限らない。


「情報を鵜呑みにせず、自分の目で確かめることが大切だな」


 そんなことを考えながら、勇者は今夜も早めに休むことにした。


 明日は武器の手入れと情報収集の予定だが、まずは地元で発行されている最新の地方版地図を手に入れることから始めようと思った。それから、この村の人たちに、この先の道について詳しく聞いてみようと考えた。


 勇者の旅は、強い魔物を倒すことだけじゃない。正確な情報を集めて、安全に目的地に向かうことも、とても重要な要素なのだ。


 そんな当たり前のことに、今更ながら気づかされた一日だった。


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 翌朝、村の案内所で地方版の最新地図を購入した。王都で買った地図と見比べてみると、確かに多くの違いがあった。新しい道、廃止された道、移転した村、新しく建設された町……。


「これじゃあ、迷って当然だな」


 案内所の職員さんも笑いながら言った。


「地図は生き物みたいなものですからね。常に更新していかないと、すぐに使えなくなってしまいます。特に辺境の情報は変化が激しいので、各地方で発行している地図を買うことをお勧めします」


 新しい地図を手に入れた勇者は、心なしか足取りも軽やかに村を出発した。


 今度は絶対に道に迷わない。そう思いながら、次の目的地に向かって歩き始めた。


 ところが……、これが甘い考えだったことに気づくのは、この三日後のことだった。

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