【23】車田彩香からの取材記録 2025年6月5日(木曜日)
以下は神戸日日新聞社会部記者
尚、録音に関しては、神戸日日新聞社の取材規定に則り、事前に取材対象者からその旨了解を得ている。
***
「車田さん、今日はお時間取って頂いてありがとうございます。
他の社の取材も受けて、結構大変やと思いますけど、出来るだけ手短に済ませますんで、よろしくお願いします」
「いえ、とんでもないです。
うち神戸なんで、神戸日日新聞取ってるんですよ」
「そうですか。それはありがとうございます。
では早速なんですけど、事件発生当時のこと教えて頂けますか?
車田さんが第一発見者やったそうですね」
「そうなんですよ。
会議室から大きい音がしたから、びっくりして様子見に行ってみたら、紀藤さんが積んであった段ボール箱を崩して、床にぶちまけてたんですよ。
『紀藤さん、何してるんですか?』って訊いても、全然耳に入ってないみたいで。
鬼気迫る雰囲気いうか、普段温厚な紀藤さんらしくない怖い感じやったんで、女の私では止めようがなくて。
どうしようかと思ってたら、男性社員が何人か来てくれて、
それで段ボールの下をよく見たら、宇都課長が
心臓停まるかと思いました」
「それですぐに警察に通報されたんですか?」
「それが、紀藤さんが急に大人しくなって床に座り込んでしまったんで、取り敢えず上の指示を仰ごういうことになったんです。
大阪オフィスは宇都課長が一番上やったんで、東京本社という意味です。
あ、勿論救急車はすぐに呼びましたよ。
その間に別の社員が本社に連絡取って、本社からの指示で漸く警察呼ぼういうことになったんですよ」
「そうなんですね。
実は僕、逮捕された
さっき車田さんも仰ったように、あの温厚な方があんなこと仕出かすなんて、ちょっと信じられへんのですわ」
「え?記者さん、紀藤さんの知り合いなんですか?」
「そうなんですよ。一か月ほど前にある事情でお知り合いになって、ちょっと頼まれごとをしてたんですよ。
それでさっき車田さんは、鬼気迫る雰囲気って仰ってたんですけど、紀藤さんがそんな風になる予兆みたいなもんはあったんですか?」
「予兆ですかあ?そうですねえ。
紀藤さん、仕事の方が上手く行ってなかったみたいで、結構上司の宇都課長から、厳しいこと言われてたみたいなですよ。
紀藤さんは大阪オフィスでは一番のベテランモニターやったから、その分課長からの要求も高かったみたいなんですけどね。
あ、モニターって分かります?」
「ええ、何となくですけど。
それで宇都さんと紀藤さんの間は、どんな感じやったんですか?
険悪になってたとか」
「険悪というよりは、宇都課長が一方的に紀藤さんを責めてる感じでしたね。
紀藤さん大人しい人やったんで、多分言い返すことも言い訳することも出来んかったんとちゃいますかねえ。
宇都課長は去年転職して来た人で、外資系にありがちなんですけど、成績至上主義やったんですよ。
特にベテランの紀藤さんへの、要求レベルが高くねえ…」
「成程。二人の間は余り上手く行ってなかったみたいですね」
「いやいや。だからと言うて、殺される程のことではないと思いますよ。
念のためですけど」
「ええ、それは十分承知してます。
それで宇都さんというのは、どんな感じの方やったんですか?
数字に厳しい言うのんは分かったんですけど」
「うーん。こんなこと言うてええんかなあ」
「亡くなった方の名誉に関わるようなことは、決して記事にはしませんから」
「ほんまですかあ?まあええか。
宇都課長は、一言で言うと陰湿な性格やったんですよ。
ネチネチとしつこい言うか、同じことで延々と責めるような感じ。
分かります?」
「ええ、想像つきますわ」
「そんな感じなんで、紀藤さんだけやなくて他の部下の中にも、日常的に叩かれてる人は何人かいましたねえ。
あ、でも殺される程ではないですからね。何回も言いますけど」
「ええ、分かってます。
逆に最近の紀藤さんはどんな感じでしたか?
この一、二か月の話なんですけど」
「最近の紀藤さんは、仕事が上手くいってないせいか、結構落ち込んでる感じでしたね。
前は無口で大人しいけど、性格が暗いイメージはなかったんですよ。
せやけど最近は見て分かるくらい、暗い雰囲気でしたねえ」
「そうなんですね。他に紀藤さんのことで何か気づいたこととかありますかねえ?」
「他にですかあ。うーん、今話した以上のことはないですねえ」
「成程、分かりました。
そしたら今日は、これくらいにさせてもらいますわ。
車田さん、ご協力ありがとうございました」
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