【21】五十嵐慎哉の独白

『廉井徳夫君を探しています』

あの三行広告を見つけたんは、ほんまに偶然でした。

いつもの習慣で自分が勤めてる神戸日日新聞の、前日の朝刊と夕刊にざっと目を通してた時に、<廉井徳夫>という文字が目に飛び込んで来たんです。


ヤスイトクオ。

その時まですっかり忘れてた記憶が、突然頭の中でフラッシュバックしたんです。

それは20年以上前、僕が中学時代の記憶でした。

いや、ほんまはもっと遡って、僕が小学生の頃の記憶やったんです。


せやからその三行広告を出した、紀藤宗也きとうそうやという人物にどうしても会って話を聴いてみたくなり、連絡を取ったんですわ。

紀藤さんは私からの電話に最初戸惑ってたみたいですけど、結局会う約束をしてくれました。


会って話してみると、何やら不思議な状況のようやったんです。

出張先のホテルに突然、<廉井徳夫>から伝言メッセージが届いてた言うんですよ。

そして紀藤さんの記憶によると、<廉井徳夫>は彼の中学時代の同級生やないかという話でした。


その話を聴いて俄然興味が湧いた僕は、自分の事情は彼には伏せて、当時の同級生から情報を集める役目を引き受けたんです。

それは僕にとっての、ある目的のためでした。


実は<廉井徳夫>の幽霊談というのは、僕が神戸市立東中学校に入学した時にも生徒の間で語り継がれてたんで、既に知ってたんですよ。

ただ僕の時代に語られてた話は、どれも荒唐無稽な怪談話になってて、元の話がどこまで含まれてるのか、信憑性が疑わしいのんばっかりやったんです。


せやからこの機会に、タイムリーに<廉井徳夫>の噂話を経験してた先輩方から、生の情報を仕入れたろういう魂胆やったんですわ。

ことは目論見通りに運びました。

先輩方、25年も前のことやのに、かなり正確に憶えてはりましたわ。

多分、自分の周囲の友達が巻き込まれた事件に絡んで流れた噂やったからでしょうね。


今僕は、何とか<廉井徳夫>の正体を知ろうとして、取材記録の録音を繰り返し聞いてるんです。

けど、これが中々上手く行かないんですよ。


噂通り糸谷先生がそうやったんかも知れませんし、若山さんという可能性も捨てきれません。

何しろ紀藤さんの宿泊予定を特定出来そうなんは、今のところ若山さんしか考えられませんからねえ。


或いは別の人。それこそ外山さん、杉村さん、もしかしたら立花さんかも知れません。

考えれば考える程、混乱してしまいます。

「廉井徳夫。お前誰やねん」って、叫びたいくらいですねん。


何で僕が、そんなに<廉井徳夫>に拘ってるかですか?

それは僕の姉に関わることなんですよ。


僕の姉は、僕が小学二年の時に亡くなってるんです。

僕より三歳上でしたから、当時姉は小学五年でした。

姉はうちの近所を流れてた天井川いう川の下流で、溺死体で見つかったんですわ。


そして遺体が見つかる前日、姉は僕に、「これからヤスイトクオ君に会いに行くねん」と言い残して家を出て行ったんです。

そのことは、今でもはっきりと憶えてるんですよ。


姉が川に落ちたんは、事故やったんか、誰かに突き落とされたんか、今でも分かってないんです。

あの頃は震災からまだ三年しか経ってなかったから、町のあちこちに危ない場所が残ってたんですよ。


けど僕は姉の最後の言葉を聞いてたから、<ヤスイトクオ>に突き落とされたんやと、子供なりに真剣に思ってました。

そのことを親から警察に伝えてもろたんですけど、結局該当する人物がいないいうことで、有耶無耶になってしまいました。

小二の子供のことやから、何かと勘違いしてると思われたんでしょうね。


せやから中学に上がって、<廉井徳夫>の幽霊話を聞いた時は、飛びあがりそうになりました。

そして噂話を聞いて行くうちに、僕は<廉井徳夫>が姉の同級生の中におったんちゃうかと思うようになったんです。


初めに噂の元になった花山沙織はなやまさおりさんは姉と同学年でしたから、姉が生きてたら東中の同窓生になってた筈なんですよ。

けど中学生に調べられることなんて限界がありましたし、そもそも噂話自体が信憑性の低い怪談話に化けてたんで、それ以上はどうしようもなかったですね。


あれから20年経って、三行広告で<廉井徳夫>の名前を見つけた僕が、どれだけ驚いたか分かってもらえるでしょう。

姉が言い残した<ヤスイトクオ>はやっぱり実在したんやって、あの時確信しましたね。

せやから紀藤さんとコンタクト採って、当時の人たちの話を聴くことにしたんです。

忙しい仕事の合間やったんで、結構きつかったですけどね。


僕の姉は珠哉子すやこ言うて、優しい人でした。

小っちゃかった僕の面倒、よう見てくれましたわ。

そんな姉のことが、僕は好きやったんでしょうね。

亡くなった時は、ほんまに何が起こったんか分からんと、ボロボロ泣いてましたもん。


姉は四年生の時から塾で習い始めた英語が好きで、よう僕に英語の話をしてくれました。

亡くなった当時は、塾の先生に教えてもろたアナグラムいうやつに凝ってて、色々教えてくれましたわ。

何でもかんでもローマ字にして、それを組み替えては喜んでたんですよ。

尤もヘボン式みたいな正式な書き方は知らんかったようで、日本語の読みをそのままローマ字に変換してたみたいなんですけどね

ただ当時まだ二年やった僕には、何のことやらチンプンカンプンでしたわ。


姉の死後、僕の両親は離婚しました。

元々夫婦仲はあんまり良くなかったんですけど、結局姉のことが引き金になったみたいですね。

僕は母親の方に引き取られて、その時に伊東から母親の旧姓の五十嵐に変わったんです。


<廉井徳夫>に辿り着くんは中々難しそうですけど、20年経った今、こんな機会が訪れたんは、きっと何かあると思うんです。

せやから、仕事の合間縫って調べるんはきついですけど、もうちょっと頑張ってみようと思います。

何せ無趣味の独りもんですから、仕事以外やることないもんで。

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