第56話 最強の軍神が寂しがり屋すぎて、俺は今日も彼女をぎゅっと抱きしめる

 魔王軍第七戦団の竜将軍、アスリナ・ヴァル=ゼグラードからの手紙が届いたのは、ヴェレムの訪問からさらに二日後、リリスの婚姻の儀が間近に迫っていた頃だった。


「大事な用事がある。すぐきてくれ」


 それだけの短い文面。

 俺は思わず呟くように声に出した。


「大事な用って……一体何があった?」


 頭上から、飛竜レオナルトのくぐもった声が返ってくる。

『わからん。そこまでおかしなことはなさそうだがな』

「再編は?」

『順調だ』 


 けれど、それだけで十分だった。


 アスリナは大事な──つがい? 恋人? 仲間?

 どうカテゴライズすべきかは、正直よくわからない。

 けれど、俺にとって大事な存在であることに、変わりはなかった。


 飛竜の鱗が風を裂く。


 真紅の大翼を広げ、レオナルトが空を駆ける。いつものように、俺を乗せたまま――律儀に竜将軍の本拠地までの空路を辿っていた。


 砦が見えてくる。空にそびえる尖塔と、整列する兵士たち。

さすがは軍神の居城。

 息を飲むほどの威容。


 着陸と同時に、衛兵たちが一斉に敬礼を送ってくる。

驚くべきは、その種族の多様さだった。

 黒き角を持つ重装歩兵に、蝙蝠のような翼を広げた斥候。

 水棲型の魔族が水路を守り、獣人の小隊が地を駆ける。

 中には半透明の身体を持つ幻影種や、精神干渉に長けた高位悪魔も混ざっていた。


 性質も、外見も、言語すら異なる魔族たちが――

 アスリナの指揮のもと、まるで一つの意志のように動いている。


(……やっぱすげえな、こいつ)


 ただ強いだけじゃない。

 これだけ異質なものをまとめあげる力が、あいつにはある。

鋭く、無駄のない動きだった。


 整然と動く兵士たちだけではない。無駄のない導線。竜の厩舎も、弓兵の塔も、隙のない配置で完璧に機能している。


 その中央。真紅の甲冑を纏い、風の中に立つアスリナの姿があった。


 彼女は何も言わず、少し得意げな視線だけをこちらに送ってきた。


 ──自慢げなのがバレバレだ。


 それがまた、可愛いと思ってしまうあたり、俺も相当毒されているらしい。

 だけど、やっぱすごいな、こいつ。


 「よく来たな、セレン」


 二人きりになったところで、ようやく聞いてみる。


「……大事な用って?」

「寂しくて死にそうだった」


 か、可愛い……!

 誰より強く、誰より不器用で、誰より──寂しがり屋な女だ。

 俺はそこまで、誰かの仕草や言葉にころっと落ちるようなタイプじゃない。

 でも、こいつのギャップだけは、どうしても刺さってしまう。

 思わず、にやけそうになった口元を手で押さえた。

 やばい、ちょっと顔が緩んでる。


 そのまま、彼女は手を引いて俺を奥の部屋へと導いた。

 厚い扉が音を立てて閉じると、外の喧騒がぴたりと消える。

 鎧を脱いだアスリナは、驚くほど静かな手つきで、俺のために椅子を引いてくれる。


「……今日は忙しくないのか?」

「忙しくない時間を作った。お前のために」


 そう言って、彼女は隣に腰を下ろす。

 金色の瞳がこちらを見つめてきて──俺の心臓が、どくんと鳴った。


「ほんとに、寂しかったのか?」

「うむ。何をしていても、お前の顔が浮かんで集中できなかった」

「それ、戦団の再編中に言うセリフじゃないぞ……」

「再編はもう済んでいる。今は、お前の顔を見る時間だ」


 そんなことを真顔で言われたら、もう何も返せない。

 ふたりの距離がじりじりと近づいて──


「……触れてもいいか?」


 囁くような声に、こくりと頷いた瞬間。

 あたたかな指先がそっと頬に触れた。

 その温度だけで、全身がとろけそうになる。


 けれど、俺の中にある熱は、いつものそれとは少し違っていた。

 こいつは今、発情期じゃない。

 ただ、抱きしめようと思った。


 ゆっくりと、俺は腕を伸ばして、彼女の身体をそっと引き寄せた。


「……どうした?」


 戸惑いの混じった声。けれど、拒まない。

 俺はそのまま、彼女を抱きしめた。


「ありがとう」


 その一言に、アスリナは静かに頷いた気がした。


 最後に、頬にそっと口づけを落とす。

 やわらかくて、あたたかくて、名残惜しくなるほどのキスだった。


 そして俺は、静かに立ち上がる。


「そろそろ戻るよ。次は――リリスの婚礼の儀かな」

「……そうだな」


 短く、けれど深い言葉。

 ぽつりと、声がこぼれた。


「早くリリスを奪還して……みんなでのんびり暮らしたいな」


その背に、静かな声が返ってくる。


「必ず、取り戻す。──そのあと、お前の隣で眠る」


 振り返ると、扉の向こうに立つアスリナの姿があった。

 その目は、誰よりも強く、そしてあたたかかった。


***


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