第28話 鎖と死罪と夢魔の淫靡な視線

魔王城ラグナ=ロアは、死火山カル=ナザルの火口に築かれた要塞だ。

常に燐光が漂う、黒き静寂の城。


黒曜石を敷き詰めた玉座の間に、冷たい鎖の音が響く。


俺の両手首には魔族鉄の拘束具、その間を鎖が這っていた。

俺は玉座の前に跪かされていた。


セレン=アルウェイス。

古医術師。

だが今は“罪人”として、魔王の前に引き出されている。


重厚な天蓋の奥、漆黒の玉座に座すのは、魔王ヴァルグ=アゼル。

深紅の瞳が、まっすぐ俺を射抜いていた。


「被告セレン=アルウェイス。

 訴えは、魔族軍の一部将校と人間の医術ギルドより提出されたもの。

 罪状。魔王領内における扇動行為、偽装中立による医療詐欺、

 および火災事件に関する関与の疑い。

 罪状が認められれば──即刻、死罪とする。

 貴様に、弁明の機会を与える」


低く、地の底から響くような声。


──死罪。


その言葉に、背筋を冷たいものが這う感覚。

死罪という言葉が、急に現実味を持って胸を打つ。


周囲を見渡す。並ぶのは見知らぬ魔族たちと、医術ギルドの服を着た人間たち

──誰一人、味方には見えなかった。


その中に、見知った白衣の女性の姿があった。


医術ギルドの上級監査官で、俺の元恋人。

エリシア・ルヴァン。


長い黒髪と眼鏡。


だがその瞳は、セレンと一度も目を合わせようとしない。

まるで“もう終わった人間”を見るように。


(なんでだ)

(あの時、俺を信じてくれたんじゃなかったのか)


(……まじで、死ぬかもしれない)


ここまでか。そう思った瞬間、胸の奥が冷たく締めつけられた。

古医術も、仲間も、理想も、全部、消えたまま。

何の意味があったんだろうな──必死で誰かを治そうとしてきたあの日々に。


いや、違う。

意味はあった。

俺が信じてきたことは、嘘じゃない。

けれど、それを証明する術は、もう残っていないのかもしれない。


そのとき、柱の近くに、黒いスーツのすらりとした美女の姿を見つけた。


──夢魔のヴェルムだ。

何かを囁くように、紅い唇がゆっくりと動く。


(なんて言った?)

(……“わたしのセレン”……か?)

(こんな時に)


声は聞こえなかったはずなのに、耳の奥に響いた気がした。

甘く、熱を帯びた囁き声。

その視線が、俺のうなじに、胸元に、そして鎖に絡む。


──まるで、今にも“あの夜”の続きを始めそうな、

淫靡で、挑発的で、それでいて妙に優しい眼差しだった。


──ふいに、昔の記憶が胸をよぎる。


「先生の医術は、魔王軍……いいえ、私にとっても貴重なものです」


(……なんで今、こんなこと思い出すんだよ)

(でも……こいつはいつも俺を信じてくれてたんだな)

(ちょっと……距離感おかしいけど)


小さく苦笑が漏れる。


だが、それは確かに俺に──もう一度、立ち上がる気力をくれた。

俺は意を決して口を開いた。


「弁明は、ありません」


ざわめく空気。

玉座の上、魔王の眉がわずかに動いた。


「では死罪を……」


その声──低く、乾いて、それでいてどこか懐かしい響き。

俺は一瞬、記憶の底に沈んでいた“あの声”を思い出しそうになる。


(この声、どこかで──)


だがその記憶に浸る暇はない。


「いや、違う」


再び、ざわめきが起きる。


「告発がある」


怯えた声になると思っていた。

けれどそれは、思いのほか朗々と、広間に響き渡った。


***


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