第12話 重ねた手が熱いのは、たぶん気のせいだ

診療所の夜は静かだった。


ラナとアスリナは、浴室から出たあと毛布を抱えて奥の部屋へと消えていった。

水音が止み、静けさが戻ったころ。


俺は一人、文献をめくっていた。

──竜族の経絡反応、魔力核の変異、鱗の成長周期。


しかしページをめくる手は、なかなか進まない。

そんなときだった。


「……精が出ますね」


背後から、気配もなく声が届いた。  

振り返らずともわかる。

ヴェレムだ。


「監視に来たのか」


俺は息をついて、本を伏せる。

ヴェレムは一拍おき、わずかに目を見開いた。


「……そうですね。

 “誰の命にも迷わず手を伸ばす”医者かどうか。

 その違いは、我々魔王軍にとって、とても重要です」


静かな声音だった。

だが、そこには確かな問いが含まれている。


「……魔族だろうと人間だろうと、患者は患者だ」


ヴェレムの目が、わずかに優しくなった気がした。


「古医術に優れ、かつ、分け隔てなく診る。

 そういう方は、そう多くはいらっしゃいません」


そう言いながら、彼女の手がそっと伸びてきた。

俺の机に置かれた手の甲に、静かに──その手のひらを重ねる。

冷たくも熱くもない、凛とした触れ方だった。


──だが、確かに感じた。


熱はないのに、指先から静かに何かが流れ込むような感覚。

それが、胸の奥をじんわりと熱くしていく。


それは魔力でも言葉でもなく、ただの気配でもない。


俺は思わず息を呑み、手を引こうとして──やめた。


「……ただ、理想を貫くのは、時に苦しい。

 そうお感じになることも、あるでしょう」


ヴェレムは、窓の外の闇に視線を落とした。


「この地には、争いを望む者もおります。

 魔族と人間を戦わせたい者が、ね」


魔族と人間は今、表面上は冷戦状態にある。

明確な戦争には至っていないが、小競り合いや不穏な事件は絶えない。


──そして、確かに。

“争いを望む者たち”が、動いているような気配が、どこかにある気がする。


「……わかった」

「どうかご用心を」


その言葉通り、ヴェレムが去ってほどなくして、

ラナとアスリナが並んで部屋に入ってきた。


「さっき廊下で、ヴェレム様とすれ違ったんだけど……」

ラナが何気なく言う。


「……なんか、うれしそうな顔してたよ?」


俺は何も言わず、本に視線を戻した。

頬が少し熱い気がする。


──なぜか、さっきより文字が頭に入らなかった。


***


もし面白ければ、★をつけていただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16818792435685695540


(新作紹介)ゲーム開発者転移無双!俺つええですが、美女AIに溺愛されてます。

PvP、戦記好きの方ぜひ!

https://kakuyomu.jp/works/7667601419920119850

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る