第4話 「忍者」

 商店街の喧騒が耳に戻ってくる。

 人情の明るさ、活気──血の残り香をまとった私には眩しすぎた。


(さて、事後処理をしないと)


 さっきの鳥居へと戻る。

 ゲーセンに向かう途中で見つけた、あの赤い祠。狐の折り紙が置かれていた場所だ。


「まだ居たんだ」


 鳥居の先には、まだ黒い狐が置かれている。

 角の一つひとつに乱れのないソレを手に取り、そっと腹のあたりを開き、折り紙へと戻した。


 そして裏返す。白い面には、10桁の番号が書かれていた。


(周囲に人はなし、と)


 私はスマホを取り出し、その番号を押す。

 数コールの後、低くしわがれた声が応じた。


『白兎か』

「はい、翁殿。観察対象『瀬川翔真』、鬼化していたため処理いたしました」


 白兎。私の忍者としての名だ。


『処理方法は』

「斬首です」


『忍具は』

「使用していません。マキビシと手裏剣のみ」


『被害は』

「なし。ただし被害未遂の女子が1名、鬼と忍の存在を認知。記憶処理は不要と考えますが、パニック障害が残る可能性があります」


し。さすがは関東随一の忍よ、此度も良い働きだ』


 一連の事務報告を終えると、筆の走る音が電話越しに響く。

 翁はパソコンを知らないのだろうか。


『ほかに報告事項はないか』

「……1つ、気になる点が」

『申してみよ』


 これを言うまでミッションは終わらない。すぅと息を吸い、口を開く。


「瀬川は鬼でありながら、忍者の存在を知りませんでした」

『ほう』

「加えて食人衝動の制御も不十分でした。今回の案件も、1週間前に“女子高生の首なし死体が見つかった”のがキッカケでしたよね」

『然り』


 個人差はあれど、吸血鬼の食人衝動の制御は、1週間が限度と言われている。

 これを瀬川が最初に起こした食人だと考えると……考えたくはないが、1つの結論に辿り着く。


「通常、吸血鬼は『人を喰い続ければ、どこからともなく忍者が殺しに来る』と学びます。奴らが生きるうえで知るはずですが、それが無かった」

『つまり?』


「瀬川は吸血鬼になったばかり──それを生み出した存在がいると見ていいでしょう」

『──真祖が、関東圏に潜んでいると?』


 翁の声色が重くなる。


 真祖。それは吸血鬼の王。

 自らの血によって眷属を生み統べる、まさしく“人類の敵“だ。

 特徴。とにかく強い。真祖1匹の出現は、国を滅ぼすほどの災害と同義。

 実際、過去には街ごと焼き払われたこともある。江戸の大火災の一部も、対真祖由来らしい。


 そして何より──すべての真祖が、人智を超えた美貌を持っているのが厄介だ。


『日本では3年前、富士樹海で最後に記録されて以降、消息を絶っていたはずだが?』

「……私の思い過ごしであるなら、それが一番です。でも、もしそうでないのなら──日ノ本の総力をもって対処すべきかと」

『……忠言、聞き入れたり。追って会合を開こう。白兎、お前にも出席してもらう』

「御意」


 通話は、ぷつりと切れた。


 まあ、また狐が来るまで待てばいいか。

 スマホを閉じて、私は折り紙をポケットに入れる。


 雲が出てきた。流れも速い。やがて、雨が降るだろう。


◇◇◇


 色々やっていたら、すっかり陽が傾き始めていた。


「17時12分……」


 事後処理はもちろんだが、せっかく街に出たからと遊びすぎたかもしれない。

 まあ早く帰ると、友人に色々と変なことを探られるし。別に家が嫌とかじゃないし?


「あれっ。ましろー!」

「げっ」


 ほら、来た。こういうときのための備えなんだよ。

 駅前のバス停近く、顔見知り兼クラスメイトが数名、たむろしているじゃないか。

 そして次にお前らは。


「おつかれー! で、で、どうだったの!? 瀬川くんと!」


 と言う。それに対する回答は、


「えっと、その……なんかできたみたいで、先に帰られちゃって」


 こうだ。パーフェクトコミュニケーション。好き勝手に騒ぎ始めてくれた。


「うっそでしょ!?」

「えー最悪じゃーん!!」

「女子を置いて帰るとかありえなーい!!」

「ましろ、何か変なこと言ったりしたー??」


 最後は合っているな。まあ、こういう騒がしさは嫌いじゃない。

 安心する。平和な雑音っていうか、仕事の対価っていうか。


「ましろもさ、もっと根暗なとこ直したほうがいいよ。もっと化け物を殺すくらいに、ガツガツ行かなきゃさ!」

「や、やめてよ、突っつかないでぇ」

「でもなー、ましろ足遅いし、どんくさいし、オタクだからなー。アタシくらいだよ、ましろの良さをわかってるのは」

「あー、それあーしもー!!」


 彼女らは再び勝手に騒ぎ始めた。

 ……やっぱり、眩しすぎる。仮面を被らなければ、焼かれてしまうくらいに。

 “日常”って、日の当たらない世界で生きる者から見ると……本当に、綺麗だ。


「よーし、お疲れ会やるよー。ましろ、何でも言って。奢っちゃるから」

「え、えぇ、そんな勝手に」

「ましろ、バイトしてないんだし。いいからいいから」


 結局、駅前のファミレスに向かって押され始めてしまった。

 ただまあ、今日のミッションは終わったんだし。

 少しくらいハメを外しても、バチは当たらないかな。


「ま、待って、押さないでって──」


 一瞬、私たちの時が止まったようだった。

 すぐ近く──ひとりの少女が通りすぎたのを皮切りに。


「なに、あの子……」

「ウチの制服……?」

「てか今日土曜日じゃね、学校ないじゃん」


 金髪。制服。だけど、何処か微妙に浮いている。

 まずリボンの結び方が逆。スカート丈が規定より短い。カーディガンをマントのように羽織っている。

 何より──姿勢。ひとつひとつの動きが、天才子役みたいに整いすぎてる。

 まるで御伽話の絵本から抜け出したような可愛らしさに、誰もが彼女に目を奪われ──


「エキゾチーーーーック──ジャパーーーーンッッ!! 御免ヤイバーの聖地メッカ!! ベリー、ベリー、ヒーローーーーッッ!!」


(やべー奴が日本に来た……!!)


 両手を上げて叫んだ台詞に、絶句した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る