第3話 「鬼退治」

 商店街とゲーセンの間にある、古びた雑居ビル。

 細い路地には、割れたミラー、錆びた排水パイプ、そして──人の気配がまるでない。


「……」


 歩くたび、靴音がコンクリートに響く。

 この音が、すごく大きく聞こえるのは、周囲に誰もいないからか。

 それとも──お尋ね者へ伝わるようにしたいからか。


「ここ……どこだろう」


 つい不安げな声が漏れる。

 やがて分かれ道に出た。

 左は明るい通りへ戻る道。

 右は、袋小路。人気がなく、行き止まり。


(右のほうに靴の跡が2つ)


 男のものと、女のものだ。

 息を殺し、跡に続く。


「……っ、……」


 声が聞こえる。1人は中学生くらいだ。

 もう1人は──瀬川か。あの野郎、浮気していやがった。


「ごめんね、僕のために抜け出してくれて」

「いえ、いいんです……こんなカッコいいあなたと、2人きりになれるなら」


 あーあ、完全に惚れてるようだな。

 そりゃそうか。こんな背徳感マシマシな路地裏で高身長イケメンに壁ドンされりゃ、キュンっていかないわけがない。


「大丈夫……優しく、するから」

「んっ……」


 お姫様は頬を赤らめ、王子様のキスを待つように目を瞑っている。

 だが残念だったな。瀬川翔真は王子様ではない。


 


「シッ!」


 陰の世界ってなりゃ演技も終わりだ。

 近くにあった鉄屑を奴の頭にぶん投げた。


「痛っ!?」


 化け物がよろけた。おかげで顔より大きく開けた口は、中学生の頭ではなく霞を食べたらしい。

 中学生も目を開け、ようやく状況がわかったよう……いや、まだ気付いていないな。私のほうを睨んでやがる。


「なにをしているんだい、東雲さん。こんなところで」

「それはこっちの台詞だボケ。私を置いていって浮気か?」

「浮気? ハッ、翔真さんに浮気されるほうが悪いんでしょ。そんなオタクみたいなファッションセンスで……」


 どこがオタクだ。少なくともファッション誌に載っていたコーデだぞ。

 まあ……腰に銀色の手裏剣をまざまざとぶら下げていたら、絶句もするか。


「おい中坊。今日のことは忘れて、さっさと逃げろ」


 ちょいちょい、と「瀬川のほうを向け」と合図してやる。

 瞬間、勝ち気だった中学生の顔が一気に曇った。やっと状況を理解したか。


「逃げろ!」

「は、はいぃぃっっ!!」


 彼女は一心不乱に逃げ出してくれた。

 これで2人きりだね。


「……やっぱ、来たんだ」


 いつもの瀬川くんは、明るくて、優しげで、どこか人懐っこい。

 でも今の台詞は、ひどく無機質だ。新人声優でもそんな演技しねえぞ。


「僕を追ってきてくれたんだよね。嬉しいよ」


 視線が、変わっていた。

 まるで──肉を見ているような、飢えた獣の目。


「僕もね、君の顔は好きなんだ。キモいアニオタだけど、顔は可愛くて……美味しそうだから」


 彼は一歩、よろりとこちらへ踏み出してきた。

 その瞬間、再び口元が裂けて本質が露わになる。


 歯が伸びていた。いや……“牙”か。

 爪も、目も、肌の色も、血色に変化していく。


「若くて可愛い子って……美味しいからさぁ」


 彼は学校の王子様ではないし、そもそも人間ではない。

 昔話や御伽話に出てくる絶対悪──鬼。正しくは、『吸血鬼』。


「じゃ、食べるね……!」


 呻き声と共に奴が飛び出してきた。完全に理性が飛んでいるらしい。


 これで決まりだな。

 陰の無法には、陰の無法を。

 さあ、鬼退治の時間だ。


「フッ」


 それに合わせ、私は右手を振るう。

 パラパラと等間隔で地面に散らばったそれを、奴が踏み……止まった。


「っ、な──マキビシ!?」

「よく知ってるじゃん」


 忍者用に調整された特殊合金の三角スパイクだ。

 重心が崩れれば、人間はもちろん、怪物でさえまともに立てなくなるだろう。


「ハッ!!」


 次に投げたのは2つの手裏剣。見事に奴の両腕を穿ち、壁へ打ちつけた。

 さっきのマキビシも効いていたらしい、たまらず脚がもげてるな。

 こうなりゃ、もう奴にできることは何もないだろう。


「アニオタちゃん……忍者ごっこは痛いだけだ」

「アニメじゃねーよ」


 トドメと言わんばかりに瀬川の首を刎ねた。

 奴の命が尽きた途端、血が、肉が、大気中へと溶けてゆく。


 そう。今日のミッションは、決して瀬川とのデートではない。

 吸血鬼の駆除。まあ『瀬川翔真』って名前の化け物を地獄まで案内してやるって意味なら、デートで合ってるか。


「ミッション、完了」


 返り血が消えると同時に、私は来た道を引き返し、陽の世界へと帰っていった。

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