再就職は異世界で。建設現場は壊れてからが勝負なの。

へのぽん

攻城戦は暇でおカネがかかる

 夜、生ぬるい風が吹く。

 敵の城は断崖を背にして、二つの三日月と半月に照らされていた。傭兵会社のフレンシアたちを雇ったクロノス軍は、攻めるべき城を前にして丘の上に陣を敷いていた。

 が、しばらく互いにまったく動く気配を見せないので、彼女は人件費や兵站の維持費など経費で頭が痛い。


「もう戦争終わらせないと、わたしの次の計画に移れないわ。いつまでやる気なの?」

「お互いバカだと気づくまでじゃないか」


 妹のヴィンが片刃の剣を肩に呟いた。


「にしてもフレ姉、この陣地はヤバいと思うんだけどな。丘の上だけど、攻め込まれたら後ろは谷で逃げられない気がする」


 首までの金髪を強い風に揺らして、締め付けた澄んだ白い肌の胸を解放するように上半身の革鎧を緩めて、退屈そうに眺めていた。今はこんな砕けた格好で柵にもたれているものの、いざとなれば、彼女は疾風のように駆ける。


「でもあてがわれた陣地はここなんだもの」

「まだここはマシだけどね。一番槍か敵将の首でも討たないとカネにはならない?」

「おカネのことはわたしが考えるわ。あなたたちは攻撃に備えて。でも……」


 フレンシアが気落ち気味に答えた。


「フレ姉も気づいてる?辺境の支城にしては結界レベル凄いよね。これは新しいシステムを導入した気がする。もはや展示会だ」


 風が丘の上の数々の旗を揺らしている。


「わたしたちは敵の新システムの実験場に付き合わされてる哀れな傭兵よ。いつまでもこんなことに付き合わされてるのはゴメンだわ」

「こっちも何かやってる気もする」

「クロノスが?」

「奪い合うほどの城でもないもん。僕たちは復興の入札が欲しいから来てるけどさ。クロノスからしたら、こんなところいらないよ」


 ヴィンは戦場を見渡した。

 こちらにも結界があるにしても、これだけ丘の上で陣形が間延びしていて、しかも兵はほとんどが寄せ集めだ。城から打って出られて丘陵地で野戦にでも持ち込まれればおしまいだ。


「わたしは人材を召喚しないと。社長は今後を見据えておかないとね。傭兵派遣なんて仮の姿だから見ておいて」

「僕たちはフレ姉を信じてるよ」


 フレンシアは両手で黒髪をかき上げて後ろで結んだ。そしてシャツの下の豊かな胸を反らすようにすると、星が冴える夜空を見た。

 細い顎が白く浮かんで見えた。


「戦後はさておいて、敵の城には歴戦の傭兵隊長のアマンダ様がいる噂ね。でもこちらの兵力は城の三倍以上いる。あなたならどうする?」


 ヴィンは背後に控える兵士たちを見た。

 城攻めの基本は三倍の兵力で攻める。数だけいればいいというものでもない。仮に城に歴戦の兵などがいれば、数だけの軍など蹴散らされるのがオチだし、城も本国からの援軍がないわけでもないので持ち堪えられるとつらい。


 この遠征にもカネがかかる。

 しかも持ち出しだ。


 丘の裏になるところで各兵士たちがそれぞれを過ごしていた。フレンシアの集めた傭兵たちは、少しムリをして報酬を上げているので、統率がとれてはいるが、他軍はどうだか怪しい。


「我々の二百人は静かだ。それでもそろそろ痺れをきらしている。アマンダくらいの傭兵なら見抜いている。我々は捨て駒だとね」


 ヴィンは片刃の剣の刃こぼれを見た。

 戦場などどこでもよい。家の再興の夢のためには、姉妹はどんなところでも力を合わせていくと決めたことは忘れていない。


「そろそろ人間界から召喚できそう」

「術でムリしないようにね。補助装置があるとしても体に負担があるんだろ?」

「ありがとう」


 フレンシアは妹の頬に軽くキスをした。


「召喚するのは決めてあるの?」

「あちらの世界に行くと、何かゾクゾクする気配はあるの。たぶんいい日本人に会える」

「ニホンジン?」

「言霊を持つ民族。しかも安くても働いてくれるのよ。任せて。これで人材不足解消」


 フレンシアは背中を見せた。

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