第5話 キッチンの密室と身体の誘惑

六月に入り、梅雨の気配がそこかしこに漂い始めていた。悠人にとって、雨の日は大学から帰宅すると、家の中で葵と過ごす時間が増えることを意味した。特に、二人で夕食の準備をする時間は、もはや彼の日常の試練と化していた。


「悠人さん、これ、洗ってくれる?」


葵は、まな板の上で野菜を切りながら、悠人に声をかけた。悠人はシンクに向かい、蛇口をひねる。狭いキッチンでは、必然的に互いの距離が近くなる。葵が身をかがめて冷蔵庫から何かを取り出そうとすると、そのしなやかな背中が悠人の腕にかすかに触れた。悠人は思わず息を詰める。洗い物をする手に力が入りすぎたのか、皿がカチャリと音を立てた。


「ん? どうしたの、悠人さん?」


葵は振り返り、悪戯っぽい笑顔を見せた。その表情に、悠人の内心の動揺を見透かされているような気がして、彼はさらに顔を赤くする。


「なんでもない」

「ふーん?」


葵は意味ありげに微笑むと、再び野菜を切り始めた。しかし、今度は悠人の脇腹に、彼女のCカップの胸元が密着する。柔らかな感触と、シャツ一枚を隔てた肌の温もりが、悠人の神経を直撃した。彼は身じろぎもできず、ただ硬直するしかなかった。葵は、悠人の反応を楽しむかのように、わずかに体を押し付けている。


「ねえ、悠人さん、暑くない? 私、もう暑くて無理かも」


そう言うと、葵は切り終わった野菜をボウルに入れ、悠人の目の前で自身のYシャツのボタンに手をかけた。一つ、二つと、躊躇なく外していく。悠人の視線は、吸い寄せられるように、はだけていくシャツの隙間、そしてその下から現れるブラジャーのストラップへと向かう。肌に合わせたような色の、ごくシンプルなデザインのブラジャーだったが、それがかえって想像力を掻き立てた。さらにボタンが外され、うっすらと谷間が覗く。悠人は唾を飲み込んだ。


「葵、そんなことして風邪ひくぞ」

悠人はかろうじて声を出したが、葵は全く気にする様子がない。

「大丈夫、大丈夫。悠人さんが隣にいるから温かいもん」


そう言って、葵はわざとらしく悠人の足元に菜箸を落とした。悠人が反射的に体をかがめて拾い上げようとすると、葵も同時に腰をかがめた。彼女のショートパンツの裾から、引き締まった太ももが露わになり、彼の視界を占める。悠人が菜箸を拾い上げようとすると、葵の指先が彼のそれに触れた。その瞬間の、かすかな電気のような痺れが、悠人の全身を駆け巡る。


「あ、ありがとう」

悠人は顔を上げられないまま言った。葵はにこりと微笑んでいる。彼の理性が、音を立てて崩れ去っていくのが分かった。


キッチンという密室での、葵の無頓着に見える一つ一つの行動が、悠人の本能を刺激し、彼の心に根深い焦燥感を植え付けていった。触れたい。もっと近くで感じたい。その抗いがたい欲求と、葵の「ルール」(悠人からの性的接触は禁止)、そして「孕ませでもしたら確実に結婚させられる」という親からの警告が、悠人の内部で激しく衝突する。彼は、もう自分を制御することができなくなりつつあることを、痛いほど自覚していた。

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