変局ノ章

日付も変わり、二夜目の仕事。

我は前回の戦闘結果から、村の外側で「遊撃兵兼偵察兵」として配置された。


『――虹隠奥義、【天地解放】ッ!』


この技、寸時の間ではあるが我は天と地のしがらみから解放される。

そして目標との間にどんなに木々や草が生い茂っていようと、すり抜ける。

だが刀が触れたものは斬れるッ!!

であれば、犬神共は我に触れられない。祟られないであろうという算段だ。

……まぁ、兄上の考えなのだが。


「「「ヴァオオオオーーーーン……!」」」


『……出来ちゃった』


十数匹程度の犬神共は、ただの空箱となった。

村に入られる前にここで戦力を削っておけば、きっとみんなも楽になるだろう。

と、そんなことを考えている間に、背後から仲間の足音がした。


「おお清次郎様! 無事じゃったか~?」

山垪ヤマハ殿! こちらは一方的に一網打尽にしたからなんともないぞ!』

「もんげぇ~!! んだよおめーもんげぇ強ぇじゃねーか!!」

『ありがとうございます!』


そんな会話を遮るように、遠方から草をかき分ける音がした。

人間以上に重い足音も聞こえた。そちらを向くと、全身が岩肌のようにゴツゴツとしている真っ黒な妖鬼が居た。


『「ッ!!』」

「犬神共の後処理は霊媒師のワシがやっておくじゃけん、おめーは彼奴を最前線に持って行きんちゃい!! 無理は禁物じゃ~!」

『了解!』


『虹隠奥義、【玲瓏滑翔レイロウカッショウ】!』


刀から小さな水晶を数個程飛ばし、妖鬼を撃って挑発した。

その刹那、我は振り返って逃げた。妖鬼も此方を追う。

母上が神社のやぐらで舞の儀式を執り行っているおかげで、夜は人間の限界を超えて動ける。

元々妖鬼の足は遅いため、追いつかれることは無いものの、その間に攻撃されたら一溜りも無いだろう。


だがそんな心配は杞憂に終わり、何事もなく兄上と能幽殿の元へ辿り着いた。


「おお! 小雪殿が今宵の大目玉を連れて来たでござるよ~!」

「よくやったぞ小雪! あとは俺らに任せて退避しろ!」

『はいっ!』


言われた通り我は全速力で二人の後ろへ回り込み、隠れるように退避した。


「虹隠奥義……」「横堀家流戦法……」


――刹那、地面を蹴り出し二手に分かれ、左右から挟み撃ちする恰好となる。

兄上は我と同じような加飾が施された刀で、能幽殿は鍔も無い簡素な二刀の短刀で。


「【断物怪之一閃モノノケヲタツイッセン】ッ!」「【疾風斬之術ハヤテギリノジュツ】ッ!」


片や弱点に必中する重い一撃の太刀筋、片や速度と攻撃量重視の太刀筋。

妖鬼は抵抗する構えを取る前に肉片へと変貌し、無事討伐された。



  ◇



翌朝、いつも通り五人で談笑していた。今日は特別に我が家の客間を借りて、煎茶を頂きながら寛いでいた。


「いや~、それにしても昨晩の連携は見事だったでござるなぁ~!」

「お前が目玉妖怪を連れてきてくれたおかげで、いつもより早く戦が終わったよ。お疲れ様」

『あぁ。そう言う兄上と能幽殿の太刀筋も、深く感銘を受けたよ』

「やっと本調子の姿が見えてきたかしらね」

「清次郎様の技能も強いんだし、いつか最前線に来れば鬼に金棒だで!」

『よせやい! だが、これからも"神すら追い返してしまう程強い村"の一員として相応しい武士となれるよう、引き続き精進するさ』


「「「「アッハハハハハ!!」」」」

「ハハハゲホッゲホッ……喉で一瞬茶が詰まったでござる……フヘッヘ!」


『ちょっと待て! 我そんなに可笑しなことを申したか!?』

「あ~……まぁ気にしないでくれ。無礼なことをしてすまなかった」

『はぁ……』


我が最前線に立てるまで強くなるのは、笑われる程困難なのだろうか……?

……いや、確かに長い道のりになりそうだ。あの夜は妖鬼から逃げることに必死だったし、内心怯えていた。平常心を保てないようではまだまだだな。


「……なんだか、今日の雲行きは怪しいな」

「ここに来る途中も、風に湿り気があったでござる。今宵は雨が降りそうでござるなぁ……」

『能幽殿はまた風邪をひきそうだな』

「なるべく長引かないよう努力するしか無いでござるな」



  ◇



雷を伴う激しい雨が降る中、三夜目の仕事。我の役目は昨晩に引き続き、遊撃兵兼偵察兵である。

ただひたすらに犬神共の大軍を始末する命懸けの作業……霊媒師が大変だな。

しかもこの雨のせいで衣類も身体もずぶ濡れだ。動きづらいったらありゃしない。

また、鋭い爪と牙を持つ白い龍……「雷龍」が雷に乗って、とんでもない速度で飛んで行ったのも見えた。見た目に反して可愛らしい鳴き声も辛うじて聞き取れた。


「バァリィーー!!」


だが、そんなことよりも気掛かりなことがあった。


これらを統率しているはずの目玉妖怪が、いつまで経っても見当たらないのだ。

戦を始めてから既に四半刻は経つぞ……!? 此奴等はいつまで湧き続けるんだ!?


変化の無い戦に嫌気が差した頃、村の南側にある門の方から声がした。


「儂は亡黒羅神ブクラシンだ! 虹隠家の者に用がある! 通せ!!」


……亡黒羅神って誰だ? そんな妖怪今まで聞いたことも見たことも無い。

だが、既に最前線を退いた父上は知っているようで、普段見守っているだけだったのに珍しく家を飛び出して迎えに行った。

父上が夜に外出しているのを見たのは何年ぶりだろうか……。


「おい!! 相手は大妖怪でも麿の客人だ! 通せ」


――そのやり取りが行われている間に、気づけば犬神共は既に退散していた。

犬神共が恐れおののく程の大妖怪か……。

自然と鼓動がうるさくなる。

そして、父上と"亡黒羅神"とやらがやって来た。

紅く染まった鰐のような鱗肌に、黒い直垂姿ヒタタレスガタと金色の装飾が施された豪華絢爛な前掛け、そして獅子口面のような御顔……正に大妖怪の風貌であった。

それと同時に、兄上も我と合流した。


「よう、無事で何よりだ」

其方ソチラこそ。……ところで、あの大妖怪は?』

「お前と仲が良い天狗等を含めた八百万の妖怪共の総大将だ。俺達は亡黒羅神様と呼ぶよう言われている」

『そいつは……すごいな』


御二人は開けた場所で立ち止まり、会話を始めた。


「……久しぶりだね。芒種ノギタネ君、だっけ?」

「そうだな」


『……父上は此奴と会ったことがあるのか?』

「あぁ、といっても、父上がまだ幼い頃の話だそうだが……」


「大きくなったねェ。さしずめ、"苫波守トマバノカミ"の官位を長男に継いだ頃合いかな?」

「うむ。まぁそんなところだ」

「ちなみにさァ、これ代々御宅の主に訊いている事なのだが……の郷に移り住む気は無いかね?」

「嫌だ、と言ったら?」

「あ~ら釣れないねェ……ただ歓迎するだけではないぞ。屋敷と従順な使い魔も付けるし、この村を二度と襲う事も無いだろう。どうだ? 悪い話では無かろう」

「悪いがもうウチは代々"人間社会に生きる人間"として生活すると決まっているんだ。先代に引き続き断る」

「そっ。まぁこれはただ形式的に行っている通過儀礼のようなものだ。気にするな」


「じゃ、君が先程から言わんとしている"本題"は何かな?」

「あぁ……時に亡黒羅神様よ。これまで貴方の部下達が随分とうちの子達を弄んでくれたようじゃあないか……今度は戦いの年季というやつを直々に見せてやろう」

「ハッハッハッ! もう年季という言葉を使う年になったか……。まぁそんな事だろうと思ってたよ。いっちょやるか!」


決闘が始まった。父上は一本の刀を抜いて、早速亡黒羅神様に斬りかかった。

太刀筋は乱れることなく、完璧に振っているように見えた。

だが、亡黒羅神様はそれをものともせず、掌や腕で平然と受け止めていた。

しかも足元は微動だにしていない。

その度に父上も刀を所定の構えに戻し、再び振るうのだが、毎回受け止められる。

それをひたすら繰り返している。手応えが無いのは傍から見ていても明らかだった。


「どおした? こんな普通の武士みたいなことしか出来ぬのか?」

「ほう、虹隠奥義が観たいか。良いぞ」


父上は迅速に数歩下がり、刀を構え直した。


『虹隠奥義、【玲瓏滑翔】!』


刀を何回も振るい、沢山の水晶を亡黒羅神様に向かって撃った。

だが、奴も拳を振って全ての水晶を砕く。


『父上は何をしているのだ……』

「さぁな。だが父上の事だ。きっと体力を温存したまま撃破する策があるのだろう」


奴が全ての水晶を砕き終わった……その刹那だった。


突然背後にが現れ、奴の首を一瞬で斬り落としたのだ。

"ゴトンッ"という音が腹にまで響いた。

そして先程まで戦っていたは融けて水溜まりになった。

あれは氷の欠片を変化させた分身だったのだ。


「"氷幻泡影之夢ヒョウゲンホウエイノユメ"か……なるほど、確かにこの雨なら多少本体の氷が融けていても気づけないな」

『……流石だ』


「勝負あったな」

「……ない」

「うん?」


「やるじゃないか……。手加減中の私とはいえ、首を斬るにまで至るとは……」


亡黒羅神は、首だけで喋り始めた。切断面からは、細く、湿っている触手のような物がうねうねと動いていた。


「力を抑え込んでいる内に討伐するのが、妖怪退治の基本だ。武士同士の戦いじゃないんだぞ」

「そォか……ならばこちらも、共に戯れたこと、そして誘いを断ったことへのお返しというもんをしてやらねばなァ……」


そう言うと奴は、細い触手を己の胴体まで伸ばし、奇妙なことに首を合体させて立ち上がったのだ……!


『「……!?』」

「そこの次男坊よッ!!」

『えっ、我か?』


「君はなぜ、自分達の家系だけ、己が特殊な状態となる攻撃技能を使うのか……」

「なぜ他の村民達よりも、突出して強力な能力を持っているのか……」

「なぜあの神社で行われる舞は、君達だけ身体能力が強化されるのか! ……知っててその力を使っているのかなァ?」


『……え?』

「それ以上口を開くんじゃあねぇ!!」

「なんだまだ伝えておらぬのか。答えは至って単純……君達の家系は――」




「人間と妖怪の間に生まれた子供の、子孫だからさァーー!!」




「……くっ」

『…………えっ??』


「ハッハッハッ……怖いか? 自分の血に妖の力が流れていることが」

『そんな……。じゃあ、我は……同族に近しい存在を虐げ続けていたのか?』

「そうさ。むしろ儂は虹隠家の人間なのに知らなかった君にびっくりだよ」


「……あっ、そうだ」


「実のところ、儂の堪忍袋の緒はもう限界に近いんだ……そろそろこんな無意味な争いは終わりにしてやるから楽しみにしておけ、とだけ伝えておくぞ」

「……何だと?」


――木々のざわめきや雨音が、今宵は嫌にうるさく聞こえた。

我はただ、足元の水溜まりに落ちた雫が波紋を作る様子を、呆然と見つめることしかできなかった。


(続)

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