決戦ノ章

『我らはもうその夜、明かりを消して寝てたんだよ!!』

『そこにぃ、出来上がった陽気なお主がだ!! ねぇ!? フフフッ!』

『ふ、襖をどんどんどんっと、叩いてきて! なんですか~って我が出たら……』

『「寝てるでござるかぁ~?」と、フラフラしてるお主が居て、どかどかどかどか入ってきてそこに腰を下ろしてあぐらをかいたと思ったら……』

『「腹゛を゛割゛っ゛て゛話゛そ゛う゛!!」と、言い出したのではないか!!』


「ハハハハッハッハッ!!! お前そんなことをするためだけに慣れていない酒を呑んだのか!!」

「麿の記憶が正しければ、お主は酒に弱い方ではなかったか……?」

「そうなんじゃが……そうしたら小雪殿も元気づけられるかなぁと、思ったので始めた次第でござる……正直すまなかった」

『いやいや、実際我もそれで正気を取り戻したから助かったさ。感謝する』

「礼には及ばぬでござるよ。ただの悪ふざけじゃ」


あれから一夜明け、虹隠一家と能幽殿が我が家に集められた。

いつもは気にも留めない蝋燭ロウソクの火が、今日は嫌によく揺れているように見えた。

今まで我に隠していた虹隠家のことを教えてくださるそうだが……なぜ能幽殿も呼ばれたのだ?


「ん、それでは、心の準備はもういいかな」

『……はい』


そして父上は神妙な面持ちで語り出す。


「まず、我々の祖先は奴も言っていたように……ちょうど百年程前に【妖怪と異類婚姻イルイコンインを結んだ歴史がある】」

『それは……どんな妖怪だったのだ?』

「容姿は、美しい長髪で十二単を身に纏い、額に1本の角が生えていたらしい。能力は、地中に潜って敵の真下で土ごと破裂する鼠を数匹召喚することだ」

『……もし敵だったらなかなか厄介だったな』


「当然、結婚した人間と妖怪の夫婦は忌み嫌われ、村八分にされ、離れた所に作られた簡素な一軒家に追いやられた」

「……が、それを見ていた木の葉天狗があの亡黒羅神ブクラシンに報告した結果、奴は激怒した」

「人間の家に嫁いだ同族が差別されていたのが気に食わなかったのだろう。奴はその晩、村に妖怪の軍団を送り込んだんだ」

『……あぁ、それが始まりか』


「うむ。当時総勢五十名の人口を抱えた村は追い返そうと奮闘したが、当然力の差で全滅一歩手前まで追い詰められた」

「生き残ったのは、乙名を務める苫波家、蚊帳の外だった虹隠家、親を失った子供が二人……そして、戦士の猛者として名高い横堀家だけだった」


『は!?』


思わず能幽殿が座っている方に目をやると、其奴は「へへっ」と自慢気に微笑んだ。


「俺達がお互いを下の名前で呼び合えるのは、単に幼馴染の戦友ってだけが理由じゃないんだぜ」

『……そういうことだったのか』


「それからは、虹隠家も貴重な戦力として村に呼び戻され、定期的にやってくる強襲に耐えながら復興を進めた」

「そして虹隠家で生まれた半人半妖の子孫と親無しだった子供一人、次いで横堀家の子孫ともう一人の子供の間にそれぞれ子孫が生まれた」

「さらに山垪家のように外の里からも人が来て、こうして今の村へと至る」


「よくお前達が仲良くしている柏柳家や忍田家も、元を辿れば虹隠家か、横堀家か、或いは苫波家の分家だったりするぞ」

『……彼奴アヤツ等もか』

「ちなみにうちの分家の一つに「知原トモハラ家」ってのも居たらしいんだが……ここでの生活が不満だったのか別の場所へ移り住んで縁を切った記録がある」

『そりゃ、確かに普通はこんな恐ろしい村には住みたくないのかもしれませんね』


「まっ、こうして"苫波村"と呼ばれていた小さな集落は、【化け物みたいな人間のせいで神様すら引き返す】と言い伝えられる程異様な土地となってしまったわけだな」

「あと、奴も言っていたように虹隠家の子孫は、基本的に半人半妖となる。お前等も決して例外ではない」

『……』


――そうか。深夜にだけ身体が軽くなるのも、玲瓏滑翔で発射する小さな水晶玉のようなものも、兄上が妖怪を一目見ただけで弱点を見つけるのも……全て、妖の力由来だったんだな。目を背けたくなる理由ではあるが、妙に腑に落ちてしまった。


そして、その日から我らは、村民一同総出で決戦の日に備えた。

ある者はいつも通り刀を研ぎ、ある者は矢に毒を塗り、ある者はより強力な呪文を研究していた。

……そしてある者は、自分の武器を改めて探したが、見つからなかったようだ。



  ◇



十四日が過ぎた。この間、なぜか一度も妖怪たちの強襲に遭っていない。

嵐の前の静けさと言ったところだろうか。


――日付が変わった。頭上には満月が昇っていた。

きっと奴等が本気を出すとしたら、今宵しか無いだろう。

我が苫波党は外敵を見逃さないよう、村の全方位を監視するような陣形で、最大限の警戒態勢を敷いた。

当の我はというと、村の中心部で遊撃兵として待機を命じられていた。


さぁ、どこからでもやって来い……!


「「う……うわぁぁぁーーーー!!」」


南側の門から悲鳴が上がった。ついに来たか!!

思わず、悲鳴が上がった方に身体を

そこはもう、既に地獄絵図だったのだ。


一見すると泥の山の影のように見えたが、もっと恐ろしいものだった。

顔と胴体はヒキガエルのように巨大でたるんでおり、口からは薄汚く細長い舌が出ていた。足は蜘蛛のように六本生えており、コウモリのような翼が生えていた。表面は真っ黒な泥状の何かに覆われており、奴が通った跡には泥溜まりが出来ていた。

家屋も踏みつぶされ、ただの瓦礫の山と化した。

しかも奴は一軒の蔵のように巨大で、それが三体も、辺りの人間達をひょいと丸飲みしながら闊歩しているのである。


それを追い越すようにして、上空から十体程の妖怪が降り立った。

顔は猿、胴体は狸、虎の足を持ち蛇の尾を持つ謎多き幻の妖怪……ヌエだ。

とうに都で射殺されたと聞いたが、なぜかそれが今、一部隊の兵隊となって村を襲っているのだ。



――狂気の百鬼夜行が、やって来た。



最早苫波党一味のほとんどは地獄絵図を前にして阿鼻叫喚。

今まともに動けている武士は虹隠家の者と、横堀家の者と……。

……まさかその程度か?


山頂がある北側の様子も一応見てみたが、そちらは紅色や朱色の頭襟を被った上級天狗共が大軍を作って押し寄せていた。

と、そんな時、南側から兄上・父上と能幽殿が戻って来た。


「おい小雪! 俺らはここで鵺共を少しでも減らすからお前は天狗共の相手をしてやれ!!」

「北側の神社に居る祈祷師達とお前さんのご母堂を御守するのでござる!!」

『分かった!』


そう返事した直後、目の前を高速で何かが横切った。

小さな藍色の帽子のような物が見えた……が、今はそんなことどうでも良い。


『虹隠奥義、【天地解放】ッ!!』


奥義を利用して天狗共に急接近し、全力で斬りかかった。

……が、一人の天狗に刀を素手で掴まれて止められた。


「あら、その程度の速さで私達についてこられるとお思いで?」

「アンタが虹隠家の人間じゃなかったら、そのまま刀を奪われて真っ二つになってたかもねぇ~。フフフッ」

『ぐっ……まずい!』

「えいっ」


我は天狗に刀を掴まれていた状態のまま、軽々と持ち上げられ遥か上空へと投げ飛ばされてしまった。


『ぐわぁーーーー!!』


あぁ……この村に生まれてから今日まで観てきた戦は、全て夢だったのだろうか。

かつてここまで容赦ない程戦力差を思い知らされた戦いが、あっただろうか。

きっと、この村に初めて妖怪共が押し寄せてきた日以来ではないだろうか。


『痛ッ!!』


土の地面に叩きつけられた。一緒に飛ばされて来た刀も、落下して金属音を上げた。

目の前はこちらを見つめる天狗共の大軍で囲まれていた。正に絶望だ。


――そんな時だった。気が付けば、目の前の天狗がほんの一瞬で吹き飛び、一筋の光のように道が出来た。


『……は?』


空いた道を通り抜けてやって来たのは……父上だった。


『……父上ぇ!! もう向こうはいいのですか!?』

「そんなことは気にしなくて良い!! 小雪、お前に新たな指示をする」

『はいっ! 何でしょうか?』


安心した。少なくとも、これで我とすぐ近くで舞っている母上と、呪文を延々と唱え続けている祈祷師達の無事は保障されたようなものだ。

さて、指示内容は何だろうか?


「山の中腹にある里まで下りて避難しろ」

『ッ!? なぜですか!! 我もこの村のために戦いた――』

「虹隠家の血を絶やすなッ!! この村の血を絶やすなッ!!」

『……だったら我より兄上の方が!』

「融通の利いた指示を出せるのは次男のお前だけなんだ! 清明はこの村を守る使命で絶対にここから離れられないことになっている!!」

『そんな……』


「……この際、長男だの次男だのは関係ない。大丈夫だ、一段落したらお前を迎えに来るさ。少しの間、切り札を温存させてくれ」

『……絶対ですよ? 絶対、迎えに来てくださいね?』

「ああ。分かったらとっとと行け。ここももうじき妖共に囲まれる」


父上の背後へと目を向けると、こちらへとにじり寄る複数の天狗や他の妖怪共の姿があった。


『ッ!! はいッ!!』

「いい子だ。その強い自分のままでいてくれよ」

『……はい!』


『虹隠奥義、【天地解放】ッ!!』


そのやり取りを最後に、奥義の性質を利用して南側の門へと急いだ。

後ろから刀を振るう掛け声が辛うじて聞こえたが、決して振り返らなかった。

瞬きがつい力んでしまった。気づけば目頭が若干湿っていた。


途中、ほんの一瞬だったが重傷を負いながらも鵺共や化け物と対峙している兄上と能幽殿が見えた。


――そして、無事に門を通過した。滝の音が響く小川に架かった橋を渡り、あとは自分の足で坂を全速力で駆け下りた。

川に沿って無我夢中に走り続けた。九十九折ツヅラオりになった山道だが、それでもお構いなく速度を緩めず走り続けた。

森を抜け、もう一度川を渡り、また森を抜けて……その繰り返しだ。



  ◇



日はまだ顔を出していないが、空はすっかり明るくなっていた。

少なくとも一刻以上は走ったのだろうか。

ようやく、まとまった畑や家々が見えてきた。人里だ……!

つい安堵してしまい、足が遅くなった。既に限界を迎えていた足は、もう一度走り出すことは出来なくなっていた。

いや、足だけではない。息も……もう……。


今までの疲労が一気に襲い掛かり、ついに立つこともままならなくなり、地面に伏してしまった。土埃で目もやられてしまった。


『……あぁ。誰……か……』


目を閉じてしまっただろうか。いつの間にか……意識を失った。

誰か、我を拾ってくれればいいのだが……。


(続)

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