弱男おっさんのやり直し~特殊能力【セーブポイント】で過去に戻り【ジョブツリー】で最強に~

大田 明

第1話 功刀真央

 ダンジョン――

 人の負の感情が生み出す、闇への入り口。

 憤慨、苦悩、嫉妬、恐怖、後悔、憎悪……

 人間が持つ心の闇を糧にし、現世に生み落とされる。


 ダンジョンが現れたのは今から100年も前のことだ。

 世界は混乱し、だがダンジョンの恐怖に対抗する手段も手に入れた。

 その抵抗手段というのが――【ハンター】。


 これまで存在しなかった力を手にし、ダンジョンに出現するモンスターと戦う術を得た戦士。

 それがハンターだ。


 そしてそのハンターを育成する学校があり、俺はそこに通っていた。

 『ハンター育成学校』。

 日本にいくつもある育成学校に通う生徒はそれなりに多く、定員割れすることはないが、だが学力的にはそう難しくないところだった。


 一番問題になるのは能力を扱う力があるかどうか、その一点だ。

 ありがたいことに俺はその力があったらしく無事入学することができたのだが――不幸にも右腕を失うこととなってしまった。

 

 それが15年前の高校三年の話。

 それから俺は、引きこもり生活を満喫中というわけだ。

 もちろん、楽しんでいるわけではない。

 毎日が不安と絶望が渦巻いており、救いなどない生活。


 ああ、何で俺はこうなってしまったのだろうか……

 全てはあの7人の所為だ。

 あいつらさえいなければ……俺は今頃ハンターとして活躍していたはずなのに。


 獅子拷昴ししごうすばる

 熊渦剛正ゆうかごうせい

 狐狂零こきょうれい

 犬損武けんそん たける

 猿猥翔太えんわいしょうた

 愚鼠裕司ぐそゆうじ

 鳥醜武蔵うぞうむぞう


 あの7人さえいなければ……


 ◇◇◇◇◇◇◇


真央まお。ご飯、ここに置いておくわね」

「…………」


 俺の名前は功刀真央くぬぎまお

 年齢は33歳だ。


 母親が自室の扉をノックし、そう声をかけてくれる。

 俺は恥ずかしさと申し訳なさから、母親とまともに会話ができなくなっていた。

 コトッと優しく何かが置かれる音。

 食事を床に置いて行ったのだろう、ゆっくりと去って行く足音が聞こえてくる。


 母親が階段を降りた音を確認し、俺は左手で食事を回収し、さっそくにいただくことに。


「いただきます」


 まだ温かい。

 美味しくて、みじめで、両親のことを考えると涙が出てくる。

 でも悔しいが、俺は外に出ることもできない。

 人を信用することができないのだ。


 失った右手が疼く。

 そこに無いはずなのに、痛みと痒みを感じる。

 苛立ちを覚えながら、だが食事を残さず全て食べた。

 

 感情のままに暴れることもできるが、両親に迷惑をかけるだけ。

 そんなことをして何の意味がある。

 まだ若い頃はそうしていたが、余計みじめになるだけで、何の解決策にもならない。


 誰かが言っていた、『怒るのは自分のため』なんて言葉を思い出す。


「はぁ……」


 ため息をつき、俺はPCで動画を観ることに。

 携帯は持っていない。

 左手だけで操作はできるが、しかし連絡をする人がいないからだ。

 仲のいい友人も過去にはいたような気もするが、全ての縁を自分で断ち切ってしまった。

 もう俺を気にしている人などいないだろう。


 動画を探していると、とあるサムネイルに手が止まる。

 俺は震える左手で、動画をクリックした。


 そこに映し出されているのは、7人の英雄。

 獅子拷昴、熊渦剛正、狐狂零、犬損武、猿猥翔太、愚鼠裕司、鳥醜武蔵。

 

 俺の人生をメチャクチャにしたやつらだ。


「クソクソクソクソ……クソぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺が右腕を失った原因となった7人。

 俺がこんな目に遭っているというのに、何でこいつらは英雄として祭り上げられているのだ。

 現在彼らは、最強のハンターとして世界の頂点に君臨し、世のため人のため活動している。

 

 豪華な家に派手な暮らし。

 素敵な伴侶を持ち、悠々自適な生活をしている。

 ハンターとして死線を潜り抜けているのは確かだが、こいつらがやったことは今でも忘れられないし、忘れてやるつもりもない。


 だがこいつらは俺のことなんて覚えてもいないだろう。

 足元を這う蟻を踏み潰した。

 こいつらからすれば、俺のことなどその程度のことに過ぎない。


「何でだ……ちくしょうおおおおおおおおおお!!」


 普段は死んだような感情で生きているが、こいつらのことを見るとどうしても感情が高ぶってしまう。

 怒りをぶつけることに意味など無いのに、そうしてしまいたい衝動に駆られる。

 だが親に迷惑をかけたくない。

 俺は必死に爆発しそうな怒りが通り過ぎるのを、左腕を噛みながら待った。


「ふーふー……ふーふー……」


 左腕に食い込んだ俺の歯。

 血が出て、肉が削げている。

 痛みはあるはずなのに怒りがそれを上回り、何も感じていない。


「う……ううう……」


 そして今度は涙を流し、自分の置かれた状況に死んでしまいたくなる。


 こいつらの動画を観なければこんなことにならないのに、どうしても観ずにはいられない。

 今何をやっているのか、どんな風に生活をしているのか。

 彼らの不幸を願うばかりだが、だがそんなことは一つも無い。

 ただ全て上手くいき、幸せに、そして満ち足りたような人生を送っている。

 

 どん底で最低な俺とは真逆の、最高の人生。

 なんて不公平な世の中だ。

 酷いことばかりしていた連中なのに、今ものうのうと生活をしている。


 許せない……だがどうすることもできない。

 怒り、悲しみ、復讐心、虚無感……数々の感情が俺の中から沸き起こり、代わる代わる内情が変化する。

 殺したくもなるし、死にたくもなる。


「くやしい……何で俺の人生、こうなってしまったんだ……やり直したい……人生、やり直したいよ……」


 天井を仰ぎ、俺は再び涙を流す。

 復讐なんかどうでもいい。 

 せめて自分の人生をやり直すことができたら……

 そんな風に考えていた時だった。


 俺の眼前に突然光が生じる。


「な、なんだ……!?」


 光が生まれ、そしてその光は徐々に消滅していく。

 そしてそこに残ったのは――半透明の画面のようなものだった。


「なんだこれは?」


 触れることができるそれは、ゲームなどに出てくるプレイヤーデータのような画面。

 ステータスなどを表示されているものだ。

 それが俺の眼前に浮かぶようにしてそこにある。


 その画面には、【セーブポイント】と書かれており、一番上には20XX年・4月10日と表示されていた。


「【セーブポイント】……?」


 20XX……15年前、俺が高校三年の時だ。

 【セーブポイント】ってことは……あの時に戻れるってことか?


「……ふん。バカバカしい」


 俺はすぐに我に返る。

 そんなことあるはずがない。

 だがもしかしたら……そんなことが何度も頭の中で繰り返される。


「……何も無かったらそれでいいじゃないか。一度これに触れてみよう」


 この正体は何か分からない。

 だが試してみないことには、いつまでも気になってしまう。

 俺は意を決し、表示されている日時に人差し指でタッチする。


 するとそこに表示される言葉。

 『セーブポイントに戻りますか?』


「…………」


 ポップアップされる選択肢。

 『はい』と『いいえ』

 俺は迷うことなく、『はい』に触れる。


「あ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇


「ああっ!!」


 一斉に全員が俺の方を向く。

 俺は多くの視線を向けられらことに硬直し、前方にいる教師の顔を見る。


「おい功刀……寝てたんだろ。授業中に居眠りするんじゃない!」


 筋肉質の教員、山本先生……俺が知っている時代と変わらない姿。


 俺がいる場所は驚くことに――ハンター育成学校の教室の中だった。

 

 クスクス笑うクラスメイト。

 男子も女子も、俺が茫然としているのが面白いのか、いまだにこっちを見ていた。


「嘘だろ……」


 そんな状況だが、俺はまだ唖然とするばかり。

 戻った……本当に過去に戻った。

 右腕が――ある!


 自分の意志で動く右腕。 

 そのことに感動すら覚えるが……だがどうなっている。

 この状況は何だ?


 混乱するばかりの俺であったが――胸がどうしても高鳴ってしまう。

 俺はこれから取り戻していくことになるのだ。

 自分自身の人生を。


 絶望に満ちた未来を変え、新たなる希望に満ちた未来へと進むため。

 こうして俺の物語は幕を開けるのであった。

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