17 ごめんな、ズザナ

 ガイウスは苦しそうな顔で咳き込んでいる。真っ赤な顔をしていて、とりあえずズザナは手拭いを濡らしてガイウスの額に置き、どうしたものかしばし狼狽える。


「坊さんを……いや……」


 ガイウスがそう声を捻り出した。「坊さんを呼んでくれ」、と言うつもりで言葉を発したけれど、ズザナの気持ちを想像してやめたのだ。


「こんなときまで優しくしなくてよくてよ、ガイウス。でも、流行病には回復魔法は効かないのでしょう?」


 ガイウスは苦しげに咳き込み、また言葉を捻り出した。


「流行病なら……とっくにうつってる……」


 ……それはその通りだ、とズザナは立ち上がる。


「少し待っていてくださいましね」


 ズザナは家を飛び出した。司祭館にまっすぐ行こうかと考えたが、それはなんとなく怖くて、カンナステラについてきてもらおうとカンナステラの家のドアをノックする。

 ハーフリングサイズのドアを開けて、カンナステラが出てきた。


「どうしたんだい、そんなに慌てた顔をして」


「ガイウスが、すごい熱を出して……流行病だったらわたしにとっくにうつっているだろうから、たぶん風邪で、司祭さまを呼んでほしい、と」


「オーケーわかった。ついていくよ」


 カンナステラはにっと笑った。その笑顔を見て、ズザナは少しだけ安心した。


 カンナステラはハーフリング特有のヒョコヒョコ歩きで歩を進めた。ズザナが司祭館のドアのノッカーをごんごん、と鳴らす。


「司祭さま。病人です」


 カンナステラがそう声をかけると、ズザナが虐待されていたころは太っていた司祭が、ずいぶん痩せた顔をして現れた。

 きっと村じゅうで悪評が立って、司祭は献金を得られず、困窮したのであろう。


「なんの用だ。私などいらないのではなかったか」


 司祭は冷たくそういう。


「悪評から逃れる好機であると、わたしは思います」


 ズザナはずばりとそう言った。ズザナは思っていたことを話す。


「ガイウスは司祭さまを悪く思うな、と最初言っていました。それは司祭さまが戦地で鋼の民の上官にいじめられたからだと。でも本当は、もっと深い理由があるんでしょう? 少なくとも、わたしは司祭さまを苦しめるものを理解すれば、司祭さまがどうしてわたしにあんなことをしたのか、しようとしたのか、分かり合えると思うのです」


「……私のような生臭坊主に頼らねばならないほどの病人なのか」


「そうです司祭さま。そりゃもう火にかけたヤカンみたいに熱を出して、ゲホゲホ言って寝込んでいます」


 カンナステラがちょっと盛ってそう言う。司祭は司祭館から出てきた。そのままガイウスの家に連れていく。


 ガイウスの家に入って、司祭はガイウスを一目みるなり「タチの悪い風邪だ。昔流行った病ではない」と答え、携えていた聖典を開いた。聖典から文字がたちのぼり、ガイウスを包む。


「回復魔法はかけた。明日になっても熱が下がらないならまた呼びにきなさい」


「わかりました。あの、これ、お礼に」


 ズザナは渡り鳥の肉を取った。料理して食べるつもりだったが、ガイウスがこの状態ではとてもとても食べさせられない。それなら司祭に渡したほうがよかろうと思ったのだ。


「ありがとう。感謝する」


 司祭は帰っていった。


「生臭坊主なりにちゃんとしているじゃないか」


 カンナステラは感心して、簡単な夕飯を作り始めた。ガイウスの咳は治まり、次第に表情が穏やかになっていく。


「……お腹が、空きましたわ」


「そうだろうと思ってセロリアックのスープを煮てるよ。ガイウスも食えるだろ?」


「……すごいご馳走は?」


「ガイウスは具合が悪くて食べられないと思って、司祭さまに渡してしまいました」


「そうか。ズザナはなんていうか……俺の両親みたいな、他人への思いやり? があるんだな。すまない。司祭館、怖かったろ」


「今思えばハーフリングの司祭さまですもの、ちょっと本気を出してぶん殴ればわたしが勝てましたのね」


「怖いことを言うなよズザナ」


 みんなで、カンナステラの煮たセロリアックのスープと、牛乳のパンがゆにチーズを入れたものを食べる。カンナステラの料理は雑だが、しみじみとおいしかった。


「じゃああたしは帰るよ。無理するんじゃないよ!」


 カンナステラが帰ったあと、ガイウスはベッドに腰掛けてひとつため息をついた。


「すまなかった」


「仕方がありませんわ。司祭さまに『悪評から逃れる好機だ』と言ったら来てくださいました。司祭さまに感謝するべきですわ」


「それもそうだな。でも本当にただの風邪だったんだな……あんなにしんどかったのにいまは元気だ」


 ガイウスは手をぐーぱーする。


「さ、あったかくして寝ましょう。病人の仕事は休むことですわ」


 ◇◇◇◇


 次の日にはガイウスはすっかり健康そうになっていた。

 それでも大事を取って1日寝てもらうことにした。ズザナが見よう見まねでパンがゆを作り食べさせると、ガイウスは「ふつうのパンでいいのに」と呆れた顔をして、でも「おいしい」と言いながらパンがゆを食べた。


「ごめんな、ズザナ」


「なにがですか?」


「司祭館に行くの、怖かったろ。坊さんと会うのだって怖かったろ」


「ガイウスが死んでしまうのと比べたら怖いことなんてこの世に一つもありませんことよ」


「……そうか。俺もズザナが風邪を引いたときちょっと思った。ズザナがいない暮らしが想像できなくて……」


「治ったのだからいいではないですか。でもきょうはお休みしてくださいましね。ほら、水あめもありますわ」


「こんな贅沢なもん食べてバチ当たらないかな」


「ロビンさんのご厚意ですもの、無駄にするほうがバチ当たりですわ」


 二人はニコニコと半日を過ごした。

 昼にリッキマルクが様子を見にきたのだが、ガイウスというよりズザナの心配をしていた。


「怖い目に会うと心が壊れて、思い出したときに暴れたくなるって言うだろ。ダロンがそうなんだよ。突然怒鳴ったりする。ズザナさんは大丈夫か?」


「大丈夫でしたわ。いざとなれば司祭さまを蹴飛ばすくらいの勇気はありましてよ」


「そうか。それならいいんだが」


 リッキマルクは牛乳をおいていった。昼は牛乳とチーズの入ったパンがゆをこしらえることにして、2人はのんびりと、他愛もないことを話した。


 牛乳とチーズ、それからついでに豆も入れてパンがゆを煮た。豆がちょっと硬かったが許容範囲だった。

 その少しあと、ドアがノックされた。ズザナが出ていくと、司祭が立っていた。(つづく)

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