18 愛してる
司祭は、とても悲しそうな顔をしていた。ズザナはどうしたのだろう、と思って、黙って家の中に通した。
「うん、熱は下がった。もうすっかりよくなったようだな」
ガイウスを一目見て、司祭は頷いた。
「司祭をやっていると、懺悔を聞いてくれるひとがいない。ズザナさんは私の行動に理由がある、と言ってくれた。だから懺悔したい。構わないか?」
「……どうする、ズザナ」
「構いません。いまお茶を淹れますわ」
ズザナは干した薬草をヤカンに突っ込み、ぐつぐつとストーブで沸かした。司祭はぎゅっと目をつぶってから、ぼつぼつと話し始めた。
「私は王都の時計屋の家に3代目として生まれたが、父親の放漫経営で時計屋は廃業し、私は寺院に入ることとなった。そこで、鋼の民の院長に、半足人は盗みを働く罪深い種族だと言われて、毎日いじめられた……他の若い僧侶も、寄ってたかって私をいじめた。私はひどく、鋼の民を恨んでいた」
ズザナは木のカップに薬草茶を注いだ。
「そして最終的に、兄弟子たちに人間市に売り飛ばされた。そこから救ってくださったのが、ハイドランジア公爵だった。今のハイドランジア男爵の父君にあらせられる」
ガイウスはカップの薬草茶をすする。
「同じことを、ズザナにしようとしたのか」
「平たく言えばそういうことになる。しかしそれだけではないのだ、懺悔したいことは。私はハイドランジア公爵に拾われて、いち軍人、従軍司祭として魔族との戦場に向かった。そこでも幅を利かせているのは鋼の民で、私はいじめられて鋼の民を憎いと思った。それが前の前の戦役のとき」
それで、と司祭は声を震わせた。
「私はあろうことか、鋼の民が怪我をしたときや病気になったとき、司祭の力で治せるのにこれはもう手遅れだと嘘をついて治さなかった。兵士たちは次々と死んでいき、ハイドランジア公爵は戦場から撤退するようにと指令を下した。人族と魔族の戦争をこじらせたのは私なのだ。それが22年前。ハーフリングの時間では恐ろしく長い時間、私はずっと悔やんでいた……」
「お茶をどうぞ。水あめもありますわ」
「ありがとう。この村の司祭になってから、そのときの後悔がそのまま夢に出るようになった。少しはスッとするかと思って、ズザナさんを鞭で打ちすえ旅籠に売る計画を立てたが、全く心は休まらなかった。ほんとうにするべきだったのは、この後悔を聞いてもらうことだったのだ」
司祭はそう言うと、薬草茶を少し飲んだ。
「私はズザナさんに、謝りたい。こんなことを言っても許してもらえないのは分かっているが」
「構いませんわ。許します」
ズザナはあっさりとそう答えた。
司祭がただ面白おかしくヒトを痛めつけていたのではないなら、理由を理解して許す必要があると思ったのだ。
それを口に出そうとしたら、ガイウスが声を上げた。
「一つ、坊さんに……俺からお願いがあるんだ」
「どうした?」
「春になったら、俺とズザナの結婚を認めて、人別帳に結婚したと書いてほしいんだ」
「……ほう。それはめでたいことだな。しかしそれを祝ったら私は司祭でなく医師としてこの村に仕えたい。公権力は手放したいのだ」
「もちろんそこは坊さんの自由だ」
「そうか。私はもう帰ろうと思う。許してくれてありがとう、ズザナさん」
「神の御教えのなかに、どんなに憎くても神の名において許せ、とあるでしょう。司祭さまを見れば怖くなりますし、嫌いというか付き合うのは無理ですけれど、許してもいいのではないか、と思うのです」
「……私などよりよほど御教えに通じている。ありがとう」
司祭は帰っていった。
「ガイウス!」
ズザナはガイウスに抱きついた。ガイウスは体当たりに近いハグを受けても揺らがなかった。
◇◇◇◇
「へえー。あんたら婚約したのかい」
「おめでとう、ガイウス、ズザナさん。婚約しても鋼の民はそういうことしないんだね」
次の日の昼、カンナステラとロビンが家にやってきた。2人は照れ臭く笑いながら、司祭を許した話をした。
「本当にズザナさんはギヨームさんやウルスラさんみたいな考え方をするんだね。あの人たち、すごく熱心に礼拝に通ってたっけ」
ロビンがしみじみと言う。
「ズザナさんがいいならあたしもまた礼拝堂に行こうかな。司祭さまも反省したんだろうし。人別帳もいじってもらわなくちゃいけないし」
「まあ、もしかしてリッキマルクさんと」
「そうだよ。式は挙げないで人別帳だけ結婚したことにしてもらおうと思ってね。リッキマルクは男やもめでかわいそうだからね!」
2人はさんざん無駄話をしたあと帰っていった。どうやら王都からの道が悪くなって、カンナステラは仕事で磨く宝石が入って来ず、ロビンは充分な仕入れができていないようだった。それでヒマになってガイウスの家に来たというわけである。
「俺の家は無駄話をする場所なのかね」
ガイウスがため息をつく。
「ガイウスが結婚を決めてくれて、わたしとっても嬉しくてよ」
「そうか。うーん……あんまり派手じゃなくやろう。村の人たちだけでいいよな」
「ハヴォクさんもお呼びしませんこと?」
「おお、それはいいな。リザードマンは宴会芸の達人揃いらしいからな」
リザードマンの宴会芸ってどんなものだろう。想像がつかない。ズザナは少しそれを考えてから、ガイウスに向き直った。
「これからもずっと、わたしを愛してくださいませね」
「もちろんだ。愛してる」
ガイウスはそう言い、ズザナに口付けした。
「ガイウス、もう一回愛してるって言って」
「お、おう。愛してる」
「キャー! 2回目を聞いても最高! もう一回!」
「お、俺は芸人じゃないんだからさあ……」
困惑するガイウスをよそにズザナは大変嬉しくなって、ガイウスに抱きついてそのままベッドに倒れ込む。目があって、2人は自分たちでもなにかおかしいのかわからないままアハハハと笑った。
「おいおい、コボルト式でいくのか。コボルトは婚約すればそういうことをしていいというルールらしいが」
「そうですの!? じゃあ生まれたときから婚約していた前の婚約者は見事なまでに鋼の民でしたのね」
「この村には俺たちのお手本になるヒトがいないからなあ……」
「互いの気持ち次第でいいのではなくて? わたしたちは自由ですもの」
「そうだな、自由だな」
2人はまた笑った。ちょっと気まずく離れて、ガイウスは薪割り、ズザナは編み物と、それぞれやるべきことに戻った。(つづく)
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