第8話 ガチャ

 創作とは、本来自分の中にあるものを外に向けて伝える行為だ。だからこそ、多くの人に届いてほしいと願うのは、創作者として自然な感情だと僕は思う。


 とはいえ、作品にはいろんな形がある。

 そして、その「自然に広まっていく可能性」も、当然ながらそれぞれ違う。


 たとえば美術品なんかは、敷居が高めだ。

 作品の細部や文脈を知らなければ、その魅力を十全に味わうのは難しい。

 結果として、自然に広がる範囲は、どうしても知識層に偏ってしまう傾向がある。


 僕のケースで言えば、自作のゲームをこの世界で広めたいと思っている。

 そのためには、できるだけ大衆に受け入れられやすく、なおかつ拡散しやすいものを作る必要がある。


 以前作ったミニチュアゲームは、よくよく考えればスケールが大きすぎた。

 プレイにもかなり頭を使うし、なにより今のところ僕が進行役をやらないと成り立たない。

 色々な意味で、普及には向いていなかったかもしれない。


「――というわけで、徹夜で作った。トレーディングカードゲーム」


 まあ、多少唐突なのは否定しない。

 でも僕の脳内で、前世の記憶がパチッとつながって、すんなりこの答えに行き着いたんだ。


 普及性という観点で言えば、コンパクトで保管しやすいカードゲームは、僕の記憶の中でもかなり優秀だった。


 それに――集める楽しみという意味で、トレーディングといえば、やはりこれだ。


「ランダムを味わえ!諸君、これが『ガチャ』である!」


 そう。ガチャである。


 きっと誰かは叫ぶだろう。「ガチャは悪い文明だ!」って。

 でも僕にとっては、トレーディングカードの仕組みとして見れば、なかなかに優れたシステムだと思っている。


 カードを集めるには、お金や時間、あるいは大会での実績といったリソースを支払う必要がある。

 そして「ガチャ」という、運にすべてを託すメカニズムには、どこか運命的なロマンすら感じるのだ。


 もちろん、価格設定がクソすぎたら、ただのクソゲーになるのは否定しない。

 でも、リソースも使わず、ランダム要素もないカードゲームなんて、なんだかうま味が足りない気がするんだよね。


 というわけで――


「アルムのカード屋さん、開店でーす!」


 またしても冒険者ギルドにやって来た。


 やあ〜〜、今日の初プロモーションのために、僕もそれなりに気合い入れて準備してきたんだよ。


 今日の作戦は至ってシンプル。

 いつもの上客・カイルを捕まえて、無理やりフルセットのカードを買わせて、そのまま対戦に持ち込む。

 そして、その様子をギルド内で見せびらかして、宣伝効果を狙う。そんな算段だった。


 ――が。


 肝心のカイルが、いっこうに現れない。


「……依頼でも受けに出かけたのかな? さて、どうしたものか」


 このギルドも、良くも悪くも僕の存在にはだいぶ慣れてきている。

 挨拶してくれる人はそれなりにいるけど、どうやら彼らの僕に対する認識は――

「カイルとつるんでる、ちょっと変な子」あたりで止まっているようだ。


 完全に他人ってほどじゃないけど、まだまだ距離感はある。

 少なくとも、向こうから「そのゲーム、やらせてくれよ!」なんて言ってくるほどじゃない。


 ……となると、今日はもう撤収か。

 ここでダラダラしてるよりは、次の一手を考えたほうが――


 そのときだった。


「……お?」


 立ち去ろうとしたその瞬間、僕の視界にある人物たちが入ってきた。


 一目でわかる、主従の二人。

 主人と思しき赤髪の少女は、明らかに育ちの良さがにじみ出ている。その傍らに付き従うのは、銀髪のメイド。


 メイドは周囲を警戒するように目を光らせていたが、対照的に、少女は興味津々といった様子でギルドの中をきょろきょろと見回している。

 初々しい。見るからに世間知らずなお嬢様。

 その足取りは、どうやら僕のすぐ近くを通りそうだった。


 来た。チャンスだ。


 僕の視線に気づいたのか、メイドがぴくりと眉をひそめた。

 まるで「何か企んでるのでは?」とでも言いたげに、僕とお嬢様の間に割って入ろうと身構える。


 だが、それよりも先に、僕は声をかけた。


「やあ、そこの美しい赤髪のレディ。冒険者ギルド名物・運試しカードパックに、興味にあるかい?」


「カードパック?それって、何?」


「っ。お嬢さまっ」


 メイドが制止するよりも早く、赤髪のお嬢様は足早に僕のテーブルの前までやってきた。

 その輝くような瞳を見つめながら、僕は自信を込めてカードデッキを取り出す。

 そして、まるでマジシャンのように、精巧に作られたカードをテーブルの上に広げてみせた。


「わぁ……」


 少女の目が、さらにキラキラと輝きを増す。


 ふふん、苦労して兄さんや姉さんの工房から素材を借りた甲斐があったってもんだ。これらのカードは、僕の自信作――そう、いわゆるURカードってやつだ。


 伝説の欠片にして、憧れの結晶。それが、URカードだ。


 それぞれのカードには、鳥や幻獣、英雄の姿が描かれており、どれも美しく、光沢を放っていた。また、ドラゴンと勇者の戦い、美女が英雄のために心を砕く場面が描かれているものもある。どのカードも、世界で最もエキサイティングなものを凝縮したかのようで美しい。


「これって……ちっちゃな画なの? すっごく綺麗、きらきらしてるわ」


 お嬢様は心からの感嘆を漏らした。

 どうやら隣のメイドまでも、僕が見せたカードの完成度に驚かされたらしく、しばらく言葉を失っていた。


 ふふん。


 二人がしっかり食いついたのを確認してから、僕は優雅に腕を滑らせて、カードをすべて回収した。


「……あっ」


 お嬢様の口から、はっきりとした落胆のため息が漏れる。

 僕はその隙を逃さず、畳みかけた。


「――欲しいか? 麗しのレディ。夢と冒険、そして伝説を詰め込んだ、このカードたち」


「ええ、欲しいわ! さっきの、それ、カードっていうの? いくら? 値段を言って!」


「お嬢様……!」


 隣のメイドが小声でたしなめるが、少女は手をひらりと上げて制した。


 渋々口を挟むのを諦めたメイドが、恨めしそうな目でこちらを睨んでくる。けど、今の僕にそんな視線を気にしている余裕はない。


「欲しいならやるけど、その前に――君の運、見せてもらおうか」


「へぇ? 私に運試しを挑むってわけ? 面白いわ。 このクリオ家のアンジェリーナが、直々に受けてあげる!」


 少女は目を細め、戦意に満ちた笑みを浮かべる。

 僕はそれに応えるように、バッグから用意していたブースターパックを取り出し、テーブルの上に並べた。そして、全身全霊で演技に入り、顔にハードボイルドな笑みを浮かべた。


「一パック五十アーズ。その天運で、どんなカードを引き寄せるか……見せてもらうか」

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