第四章 星野 遥の物語
第一話 孤独な響き
星野遥は、スマートフォンから放たれるディスプレイの光に目を細めた。
カーテンを閉め切った自室。
昼間だというのに、部屋は薄暗い。
わずかな光が、スマホの画面から漏れて、遥の顔を青白く照らしている。
その光は、まるで遥自身の心の透明度を映し出しているようだった。
画面には、無数のSNSアプリのアイコンが並んでいる。
どれも、キラキラと輝いていて、楽しそうで、
たくさんの人が、たがいに深く繋がっているように見えた。
遥のタイムラインは、いつも誰かの投稿で溢れている。
皆が、充実した日々を送っているように見えた。
けれど、遥の心は、いつも一人だった。
どんなに多くのフォロワーがいても、
どれだけ「いいね」が並んでいても、
その本質的な孤独が、埋まることはなかった。
まるで、透明な膜に包まれているかのように、
誰とも本当の意味で触れ合えない。
そう、遥自身が感じていた。
本当の自分を隠して、明るく振る舞う。
周りに合わせて笑い、皆が喜ぶ言葉を選ぶ。
その偽りの姿でなければ、
誰も自分を見てくれないような気がした。
本当の自分は、誰にも必要とされていない。
誰にも理解されない。
そんな、冷たい確信が遥の心を縛り付けていた。
まるで、透明なガラスの箱に閉じ込められているようだ。
遥の胸の奥には、ぽっかりと空いた穴があった。
それは、どれだけ友達に囲まれて笑い合っていても、
クラスの賑やかな中心にいても、
決して埋まることのない、深い、深い穴だ。
教室のざわめきの中にいても、
みんなと馬鹿騒ぎをしていても、
心の奥底には、常に冷たい風が吹き抜けているようだった。
その風が、遥の心を凍えさせる。
孤独感が、肌に張り付く。
息苦しさが、胸を満たす。
どこにも行き場のない感情が、遥の心を締め付ける。
この苦しみを、誰かに伝えたい。
しかし、どう伝えればいいのか、誰に話せばいいのか、わからない。
誰に話したところで、この複雑な感情を理解してくれるだろうか。
言葉にすれば、きっと陳腐になってしまう。
誰も傷つけたくない。
でも、このままでは、自分が壊れてしまいそうだ。
そんな遥の心を、唯一、温かく灯す存在があった。
それは、隣のクラスの男の子、ケンタだ。
ケンタは、いつも静かで、目立つタイプではない。
けれど、ふとした瞬間に見せる、優しい笑顔。
困っている人を見れば、そっと手を差し伸べる、さりげない優しさ。
彼の存在は、遥の心の闇に、
一筋の光を差し込んでくれた。
彼を見るたび、胸が締め付けられるように苦しくなる。
この感情は、恋なのだろうか。
ケンタのことは、誰にも話せない秘密だ。
彼に近づきたい。
彼の優しい世界に触れたい。
でも、この偽りの自分で、彼にどう接すればいいのだろう。
彼は、きっと、私の**(比喩表現:置き換える表現を検討中)**の向こう側にある、
本当の私には興味を持たないだろう。
伝えたいのに、伝えられない。
この孤独な心と、彼への想いを、どうすればいいのか。
遥は、いつも一人で悩んでいた。
彼の姿を遠くから見つめることしかできない。
彼の優しい声を聞くだけで、心が満たされるような気がする。
それは、遥にとって、ささやかな希望だった。
放課後。
窓の外は、まだ明るい。
クラスの女子たちが、楽しそうにスマホを覗き込んでいる。
校庭からは、部活動の掛け声が聞こえる。
「ねえ、あのココロノオトの歌、もう聴いた?マジでエモい!」
一人の子が、興奮した声で言った。
「わかるー!なんか、私だけの歌みたいなんだよね。誰かが私の気持ちを歌ってくれてるみたいでさ」
別の友達が、深く頷く。
「匿名なのに、なんであんなに心に響くんだろうね。顔も知らない人の歌なのに」
そんな会話が、遥の耳に飛び込んできた。
ココロノオト。
匿名で、自分の気持ちを歌にできるサイト。
その言葉が、遥の心に、小さな波紋を広げた。
心臓が、微かに、けれど確かに跳ねる。
歌。
私のこの孤独な心も、歌にできるのだろうか。
誰かに届くかどうかは分からない。
届かなくてもいい。
でも、ただ、この痛みを、形にしたい。
このケンタへの秘めたる想いを、どこかに吐き出したい。
そうすれば、少しは楽になるかもしれない。
陽の光が差し込む窓辺で、彼女たちは楽しそうに笑っている。
遥は、その輪から少し離れた場所で、静かに自分のスマホを握りしめていた。
言葉にならない感情を、音符の連なりに変えたい。
家に帰り、自室のベッドに飛び込む。
まだ夕食には早い時間。
窓の外は茜色の夕焼けに染まっている。
オレンジ色に染まる空が、遥の横顔を淡く照らしていた。
今日の出来事が、頭の中を駆け巡る。
孤独。
ケンタへの秘めた想い。
そして、耳にした「ココロノオト」という言葉。
この満たされない心の穴を、どうすればいいのだろうか。
もしかしたら、あのサイトで歌を作れば、
この感情を吐き出せるかもしれない。
誰にも届かなくてもいい。
誰にも理解されなくてもいい。
ただ、形にして、この苦しみから少しでも解放されたい。
それは、純粋な、心からの叫びだった。
漠然とした期待と、それでも拭いきれない不安の中で、遥はただ夕焼けを見つめていた。
心の奥底で、小さな、でも確かな決意が芽生え始めていた。
その決意は、遥の心を温かい光で包み込んだ。
夜の帳が降りる頃、遥は静かに、
ココロノオトのサイトを開いていた。
新しいページに、タイトルも何も書かれていない、
真っ白な五線譜が広がっていた。
そこに、遥のケンタへの初めての「ラブレター」が、形になろうとしていた。
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