ココロノオトの向こう側 －恋と秘密のメロディ－

第三話 秘密のメロディ

放課後。

部活の練習を終え、ハヤトは音楽室のロッカーへと向かった。

使い慣れたギターケースをしまおうと扉を開けた、その時だ。

フッと、見慣れない一枚の紙が目に入った。

ロッカーの隅に、ひっそりと置かれている。

四角い模様が印刷されている。

QRコードだ。

「なんだ、これ？」

首を傾げる。

誰かの忘れ物だろうか。

最近、学校でQRコードを使った「ココロノオト」のラブレターが流行っているという話を耳にした覚えがある。

まさか、自分宛てに？

そんなはずはない、と心の中で否定する。

けれど、無性に気になった。

奇妙な胸騒ぎがする。

誰かが自分に何かを伝えようとしている。

ハヤトは、好奇心に抗えず、スマホを取り出した。

QRコードをカメラで読み取る。

画面はすぐに切り替わり、「ココロノオト」の再生ページへと繋がった。

そのスピードに、軽く息を飲む。

そこに表示された投稿者名に、ハヤトは目を凝らす。

「つぼみ唄」。

見覚えのないハンドルネームだ。

知らない誰かからの、間違いメールのようなものか。

そのまま閉じようとした、その時。

ふと、曲名が目に入った。

「七つ星の欠片」。

この曲名に、ハヤトの心臓が微かに跳ねた。

「七つ星」。

それは、幼い頃の自分と芽衣が、秘密基地で遊んでいた頃、

夕焼けの空に見つけた、欠けた星の並びのことだ。

まさか、これは――。

胸の奥で、微かな期待が、じんわりと広がる。

再生ボタンをタップした。

シンプルだが、どこか懐かしいピアノのイントロが流れ出す。

その優しいメロディは、どこか切なさを帯びていた。

ボーカロイドの透明な声が、ゆったりと、しかし力強く、歌詞を紡ぎ始める。

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ハンドルネーム：つぼみ唄

曲名：七つ星の欠片

「ねぇ、覚えてる？」君の言葉

錆びたブランコ　軋む音

夕焼け空に　七つの星が欠けてたあの日

僕らは約束したんだ

手のひら重ね　閉じ込めた夢

秘密基地の奥　隠した絵本

あの日の君は　少し震えてた

「大丈夫」って　笑ったけど

ひび割れたアスファルトの道

誰も知らない　二人だけのサイン

あの日の涙の意味を

今ならわかる気がしたんだ

届けたい　声にならない想い

「ありがとう」も「これからも」も

色褪せた写真の中の君は

もう二度と　ここにはいない

それでも歌うよ　君に届くように

閉じた瞳に映る　新しい景色へ

七つ星の欠片　集めていくから

共に進もう、約束の場所へ

またいつか同じ空を見上げよう

#七つ星の欠片 #あの日の約束 #君だけが知る #秘密のメロディ #つぼみ唄

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歌が進むにつれて、ハヤトの心臓は、だんだんと強く、激しく打ち始めた。

この歌は、芽衣の歌だ。

投稿者名は匿名でも、間違いない。

「ねぇ、覚えてる？」君の言葉。

それは、あの秘密基地で、いつも芽衣が口にした言葉だ。

「錆びたブランコ　軋む音」。

公園のブランコで、二人で遊んだ記憶が蘇る。

そして、「七つの星が欠けてたあの日」。

あの日の夕焼け。あの空。

全てが、芽衣との幼い頃の記憶と重なる。

歌詞の中に散りばめられた、二人にしか分からない「秘密のメロディ」。

「秘密基地の奥　隠した絵本」。

確かに、二人で絵本を隠した覚えがある。

「誰も知らない　二人だけのサイン」。

それも、あの時、ハヤトが芽衣のために作った、秘密のサインだ。

この歌は、芽衣の歌だ。

間違いなく、藤野芽衣の歌だ。

まさか、あんなに控えめな芽衣が、

こんなにも純粋で、心を打つメロディを作る才能を持っていたなんて。

ボーカロイドの声なのに、芽衣の心そのものが歌っているようで、

ハヤトの胸は強く震えた。

そして、自分への、こんなにも深く、

切ない想いを、歌にしていたなんて。

ハヤトは、その事実が信じられず、目の前がぼやけるのを感じた。

あの、いつも静かに本を読んでいる、小さな背中。

その中に、こんなにも強い感情と、

確かな才能が宿っていたなんて。

「色褪せた写真の中の君は　もう二度と　ここにはいない」。

その歌詞が、ハヤトの胸に深く突き刺さる。

幼い頃の芽衣は、もういない。

そして、あの日の約束も、果たせないまま、

二人の時間は止まっていた。

あの時、自分は、芽衣の小さな震えに気づいていたはずなのに。

「大丈夫」と笑って、何もしてやれなかった。

後悔が、波のように押し寄せる。

だが、同時に、温かい感情が、ハヤトの心を満たしていく。

こんなにも純粋で、切ない想いを、

芽衣は自分に向けてくれていた。

その尊さに、ハヤトの目尻が熱くなる。

芽衣の想いが、歌になって、確かにハヤトの心に届いた。

全身の力が抜けていくような、けれど温かい感覚。

彼の瞳からは、一筋の光が溢れていた。

ハヤトは、震える指で、コメント入力欄を開いた。

なんて書けばいいのだろう。

この感情を、どう伝えれば、芽衣に届くのだろう。

驚きと感動が入り混じり、言葉を探す。

指先が、キーボードの上をさまよう。

何度も文章を消しては打ち直した。

感謝。そして、芽衣の才能を認める言葉。

そして、未来への希望。

それら全てを、短いコメントに込めるには、どうすればいい。

結局、自分にできるのは、たったこれだけだった。

深く息を吸い込み、ハヤトは文字を打ち始めた。

指先から、芽衣へのメッセージが紡がれる。

「つぼみ唄さん。

この歌、聴きました。

正直、驚いています。

でも、あなたの歌と、歌に込められた想い、

痛いほど伝わってきました。

ありがとう。

『ねぇ、覚えてる？』。

あの日の秘密のメロディ、覚えています。

この歌、君の声だね。

放課後、音楽室で待ってる。

話したいことがあるから。

また、一緒に音楽をしよう」

送信ボタンを押す。

ハヤトの胸は、高鳴ったままだった。

芽衣の歌は、ハヤトの心に、確かに響いた。

その旋律は、彼の心の中で、新しい未来への希望を奏で始めた。

色褪せた写真の二人が、

今、鮮やかな色彩を取り戻したようだった。

二人の関係は、この日、新たなメロディを奏で始めた。

過去の約束の意味を理解し、互いの才能を認め合う。

これから先、どんな音を紡いでいくのだろう。

それは、まだ誰も知らない、二人だけの、新しい物語。

けれど、この歌が、確かな一歩となったことは、間違いなかった。

七つ星の欠片が、再び輝き始めた。

その光は、二人の未来を明るく照らしている。