調書2 苦悩の正体

 私の学校生活は、順調そのものだった・・・・・・まさに絵に描いたような理想の学校生活だ。


 勉強での成績も学年で常にトップ。運動も得意で家が貧しい事も無い。クラスの委員長も務め上げた。友人も多く教師からの信頼も厚い・・・・・・これ以上、望めない程に順調だ。


「栗田さん、また学年で一位ね、すごい・・・・・・」


「勉強も運動も得意なんて、うらやましい・・・・・・」


「しかも、栗田さんはとっても綺麗、憧れるわ・・・・・・」


 私はいつもクラスの中心だ。みんなから憧れられる〝完璧〟な存在なのだ。


「栗田さん、今回のテストも学年で一位だったね。いつも助けて貰って申し訳ないんだけど今度、また勉強教えてもらえない?」


 勉強の出来る私は、教師に代わって、勉強を教える事も珍しくない・・・・・・


 教えたクラスメートからは教師より教え方が上手いと評判だ。確かに、教師より私の方が話しは上手いと自覚している。


 ただ・・・・・・正直に言えば、他人に教える事が面倒だった。  


 自分の貴重な時間を削り、他人の為に勉強を教える事に何のメリットもない。教えを請う生徒ほど、努力せずに自分に甘い。私はそれ相応の努力をしているのだ。


 この成績を維持するのだって決して楽な事ではない・・・・・・


 しかし〝優しい生徒〟を演じる為に仕方なく教えていた。それぞれが思う完璧な私を演じる為・・・・・・


 ある日の事だ・・・・・・担任の教師に個別で呼び出される。


「このクラスの委員長は優秀な栗田さんがふさわしいと思います。栗田さんが委員長になる事でクラスメートの意識も上がります。やってくれますね?」


 クラスの委員長をお願いされた。本来、他の生徒の推薦や自ら立候補する形が自然である、教師から直接言われるとは思わなかった。


 教師は委員会を決める事が面倒だという本心が見え隠れしていた。他の生徒から反対があるのか不安もある。


 しかし・・・・・・


「栗田さんなら賛成・・・・・・」


「私も大賛成・・・・・・」


「私も・・・・・・」


 クラスメートは誰も反対する者は居なかった・・・・・・


 クラスメートや教師の視線が刺さる・・・・・・それはもう凶器だ。


 勉強に支障がでる為に本当は断りたかったがここでも〝真面目な生徒〟を演じる為に断る事が出来なかった・・・・・・


 私の順調な学校生活は〝ギリギリ〟のバランスで成り立っているものだった。何かの弾みで全てがバラバラになってしまう、そんな状態だ。


 それでも真面目で優しい〝完全な生徒〟を演じ続けた・・・・・・


 もちろん成績が落ちてしまえば壊れてしまう・・・・・・


 友人に優しくしなければ壊れてしまう・・・・・・


 教師の期待に応えなければ壊れてしまう・・・・・・


 本当に〝ギリギリ〟の状態。


 家に帰れば寝る間も惜しんで勉強机に向かった。睡眠時間を削り勉強に励んだ。

娯楽らしい娯楽に使う時間は無い、食事だって取らない日もある。ひたすら椅子に座り続け、勉強に打ち込んだ。


 背後にはいないはずの教師や友人の視線を感じながら・・・・・・


 その姿はまるで・・・・・・椅子に縛り付けられているようだった。


 本当は今すぐに逃げ出したい・・・・・・


 私が逃げずに作られた完璧さを演じ続けられるのはある理由があった・・・・・・それは、二つ上の兄の存在だった。


 幼い頃から兄は頭も良く、スポーツも出来た。中学校では生徒会長も務める自慢の兄だった。


「栗田さんのお兄さん、格好いいよね」


「兄弟揃って勉強も出来るなんて憧れる」


 私は兄を見習い勉強やスポーツに力を入れ、生徒会長も勤め上げた。辛い瞬間も数多くあったが、兄の存在を思うと頑張れた。兄にふさわしい妹でいなくてはいけない。常にそう考えていたのだ。


 ある日のことだ・・・・・・


 いつものように椅子に座り、勉強机に向かっていた。すると外から足音が聞こえてくる。誰だろう?兄は家に居るし親は仕事中でいない


 椅子に座りながら部屋の窓を眺めていると、長い髪を金髪に染めた派手な女性が窓から見えた。家のチャイムが鳴ると兄が玄関へ向かう。


 私は悪いと思いながらも、耳を澄ませ、会話を盗み聞きをした・・・・・・


「わざわざ、来てくれてありがとう」


「いいの、いいの、栗田君の家も気になってたし」


「さぁ、入って」


「おじゃまします」


 金髪の女は兄の部屋に向かった。どうやら兄の彼女らしい・・・・・・


 兄も大学生だ、彼女がいてもおかしくない。分かってはいたが受け入れられなかった。


 しばらくすると兄と彼女と思われる女は家の外へ出て行く。私は椅子に座りながら窓を眺め続け、その女の後ろ姿を眺めていた。


 その日から兄の彼女が来る度に、椅子に座りじっと窓を眺める事が日課になった。


 別に彼女に対し、嫌がらせをする訳でも、仲良くしようとする訳でもない。ただ、椅子に座り続け眺めるだけだ。


 そう、椅子に縛られる理由がまた一つ増えた・・・・・・


 私は彼女を認めていない・・・・・・


 どうして兄にあんな下品な女が・・・・・・


 兄には似合わない・・・・・・


 私はそんな事を考え続け、椅子に座り窓を眺める。


 今日もあの女を見ていた・・・・・・



 ――苦悩の正体 考察――


 分かりやすい程に、夢に現れるキーワードが散りばめられていた。 完璧な学校生活を演じる為に無理をして勉強机に向かう。


 まさに椅子に縛り付けられている状態・・・・・・


 彼女は相当、無理をしているのではないだろうか?ギリギリの状態が夢に現れて彼女に警告をしている。そう考えて間違いないだろう。


 壊れる前にいますぐに生活を見直さないといけない・・・・・・


 彼女は壊れてしまうのではないか?彼女の担任にも協力してもらい彼女を助けないといけない。


 更には兄への依存だ。彼女が頑張れていた理由である兄に、突然、彼女の存在が現れる。


 その彼女に対して抱く、強い嫌悪感・・・・・・ぎりぎりの状態を壊してしまう存在としては十分だ。

 

 ただ、彼女の兄も大学生だ。恋人がいても何もおかしい事はない。これを受け入れる事は彼女にとって大きな成長に繋がる筈だ・・・・・・


 どうにか彼女が楽に生きられるように導かないと・・・・・・カウンセリングを一旦終え、後日また再び彼女の話しを聞く事にした。



 




 


 














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