凪11

 せっかく学校から出たと思ったのもつかの間、私たちはまた学校に戻ってきていた。

あのあと、知ってそうな人物について聞いて、それからもう一つの質問も聞いた。



「――なるほど、とりあえずその先生を探せばいいんですね」

「ああ、そいつなら知ってるだろうよ。そんじゃあ、俺は仕事があるから」

松岡先生はそう言うと、体育教官室の奥へと戻ろうとした。

「あ、そうだ。あともう一個聞き忘れてた」

「ん?まだなにかあるのか?」

「えーとね、一昨日の午後の三時半頃ってまっちゃんどこにいた?」

一瞬、松岡先生の肩がピクっと動いたのが分かった。

「あー、また一昨日の話か?うーん、ちっと覚えてねえな。それがどうかしたのか?」

「ううん、覚えてないならだいじょぶ。聞きたいことはそれだけ、ナギちゃん行こっか。じゃ、またねー」

先輩は話を切り上げると、私の手を引っ張って、体育教官室を後にした。



 松岡先生に教えてもらった人物がいる場所に向かっている途中の廊下で、さっきから黙っている先輩に聞いてみた。

「つむぎ先輩、さっきの、なんか怪しい感じしませんでした?」

「うん、確かにね」

「…………って、あの、それだけですか?」

明らかに何か隠している感じだったけど、反応が薄い。

「まあ、確かに何か隠してそうだなって思ったけど…………」

けど?

「でも、とりあえず今は先に、まっちゃんから聞いたことを確認しに行こう」

「なるほど、それもそうですね」

とは言ったものの、そういうものなんだろうかって思うけど。


「確か、『情報科管理室の鯨井和也って先生』でしたっけ」



 もう一つ、先に聞いた質問に、松岡先生はこう答えた。

「――情報科管理室にいる、鯨井和也って先生なら、教員の担当授業の時間割とかのデータ、コンピューターとかいうやつで管理してるから、その時間の永谷先生のこともわかるんじゃねえかな」

なるほど。あと、コンピューターとか言うやつって………

「まっちゃんは機械に疎いからね、スマホも使えないんだよ?」

先輩が耳うちでこっそり解説を入れてくる――。

「んな、最近はスマホくらい使えるようになったぞ!」

――まあいくら耳うちでも、声が大きければ意味がないのだけれど。

「離れていても連絡が取りあえるってのは便利だが、いかんせん使い方が難しくてな、はッはッは!」

うーん、年齢はそこまでじゃないし、おそらく30代くらいだから、学校の教師の中だと若いほうだと思うんだけど…………スマホなしでどうやって生きていているんだろうか……?そもそもスマホを”離れていても連絡が取りあえる”だけのものだと思っているのは、なんかもう、機械に疎いとかいう次元じゃない気がしてきた。………原始人?あるいは、ただ単に体育会系すぎて脳筋なだけなのかな。もしそうなら、『スマホで連絡するより、走って連絡したほうがはやい』なんて思ってそう。

「――ま、スマホなんかまどろっこしいもん使うよりも、連絡したいことがあるなら、自分で走って言いに行ったほうがはぇえよな!ははッ!!」

ほらね。

なんか、愉快な人だな。



 そんなこともありつつ、一応しっかりと情報は手に入ったので、私たちは情報科管理室というところを目指している。

「情報科管理室ってこっちのほうにあるんですか?」

この学校は結構広く、いくつかの棟に分かれている。私たちは、普段の教室がある棟とは別の、”実習棟”と呼ばれる建物に来ていた。

「うん、ナギちゃんはまだ授業でこっちには来たことないかな?」

「そうですね、まだないです。実習棟ってどんなとこなんですか?」

まあ、名前でだいたい想像はつくものだけど。

「んー。例えばね…………」

急に、先輩は通りかかった教室の扉を”たんたかたんたん”のリズムでノックした。扉の上のプレートには、『調理実習室』と書かれている。

「……それ、ほかのところでもやってるんですね」

「え?なにが?」

なんで自覚ないの…………

「いえ、なんでも――」

ガラガラっと音を立てて、扉が開いて、眼鏡をかけた女子生徒が出てきた。

「……なに?」

眼鏡の奥の瞳は鋭く、先輩を睨んでいるようだった。

「はろー、シズ!はい!」

先輩が右の手のひらをだした。

「クッキーちょうだい!」

バシンッと大きな音を立ててスライド式の扉が閉まった。

先輩はだした右手をそのまま扉にひっかけて、勢いよく扉をこじ開けた。

「…………はぁ」

教室内にいた、シズと呼ばれた女子生徒は、半ばあきらめたように教室の奥から、小さめの包みを二つ、先輩に投げてよこしてきた。先輩はそれを軽やかにキャッチし、

「ナイスピッチ!」

と、受け取った側とは反対の手の親指を立てている。飛んできた方向から、「…ちっ」と舌打ちが聞こえてきたのは気のせいだろうか。

「…今日はフィナンシェ。そっちの子の分も」

「……ありがとうございます…?」

先輩のことを嫌いってわけじゃあないんだろうか。

「――と、こんなかんじで、ここはお菓子がもらえます」

先輩が得意げに胸を張って言った。

「…ちっ」

…………やっぱり気のせいじゃないかもしれない。

「…?どしたの、シズ。元気ないの?だいじょぶ?原因は?」

って、おそらく原因の塊が聞いている。

「なんでもない、用が済んだらさっさと行けば?」

「あっそうだね、じゃあシズ、ありがと!またあした!」

そう言って先輩はそのまま教室を出て行ってしまったので、私はあわてて追いかける。

「あ。君」

「え、私ですか?」

振り返って、”シズさん”を見る。

「まあ、君以外いないよね……はぁ」

「あっあの、なんかすみません」

そう言って、一応頭を下げておく。

「いい、別に。それより気を付けなよ」

「えっと、何がですか?」

「あの子といると、ろくなことないから。じゃ、」

そう言って、”シズさん”は何かの作業に戻ってしまった。

「ナギちゃん~!早く行こ~!」

廊下で先輩が呼んでいる。声が少し遠いので、もう先に行ってしまったらしい。

「あ、はい。今行きます」

そう言って、先輩を追いかけた。

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