#17 「8」

 身長、体重、視力、聴力、色覚、胸囲、腹囲、上腕筋囲、大腿最大囲、握力、垂直跳び、反復横跳び、立ち幅跳び、立位体前屈、上体起こし、踏み台昇降、フラッシュ暗算、IQテスト、心電図、尿検査、採血、検便、歯科検診、胸部レントゲン、あと生まれて始めての胃カメラとMRI。

 全部、自衛隊のテントの中で。

 体力測定から採血までは出入りのたびに必ず行い、後半は地球時間で一時間以上潜ったら実施するらしい。

 最後の三つはとりあえず初回のみで、麻酔を使ったり被爆もしたりなので追加実施はおいおい検討してゆくとのこと。

 今後、測定や検査の増減はあるだろうと言われたが、状況的にまあ仕方ないんだろうな。検疫みたいに数週間隔離とかじゃないだけまだマシかも。

 測定まわりは「壁」の中向こうから戻る前に自分の各筋肉や神経へ交信で与えていた負荷が効き、「高一の平均よりもちょっと上」くらいの感じでフィニッシュできた。

 検査系の方はなされるがまま普通に検査された。

 それよりも麻酔!

 自分の体に麻酔が効いていくのを、自身への交信を使って体内の電気信号の変化でとらえるのは面白かった。

 だけどそのまま麻酔の電気信号を観察し続けてたら測定で正しいデータは取れなさげだし、おとなしく受け入れた。

 これらを全部終わらせて14:30。

 時間をかけたのは胃カメラのためでもあったようだが、さすがに腹が減った。

「全体的に全国平均を上回っていますね。国館川さんの高校入学直後の身体測定結果と照らし合わせても上昇しています」

 しかもこれだよ。

 なんかいつの間にか国家を超えた全地球的プロジェクトとか言って個人情報とかプライバシーとかなくなってんの。

 いくら「外には漏らさないから」とが言われても、了承する前に情報抜き取った国は信用しきれない。

 というかこれ本当っぽい。全地球的ってやつ。

 今朝(8/9)の、日本時間6:00に、世界の共同声明として国連で「ジェノラン」に対する見解が出たそうだ。

 その詳細についてはこれから説明していただける。

 俺はとりあえず昼食を取りながら聞くだけ聞いていればいいって。

 ちなみにカレーライスとサラダ。

 砂峰すなみねさん――マッチョなお兄さんが「カレーを作るのは海自だけじゃないのさッ!」と力説していたが、確かに美味しい。


 まず、この「壁」に囲まれた直径約1.6km、高さ約8kmの謎物質の円柱状のものは「ジェノラン」と呼ぶことに決まったそうだ。

 世界で一番最初に「ジェノラン」が出現したオーストラリアのオーストラリア先住民アボリジナルの言葉で「高い山」を意味する。

 この「ジェノラン」に関する新情報への命名は第一発見国の言葉を用いるのと、全世界で協議して決定する呼称にはラテン語を用いることなんかも決まっているらしい。

 日本語が使われているのもある。「しん」「」「たい」ってやつ。

 ステータスっぽいなーと思っていたらステータスのことっぽい。世界的には「Status Visionステータス・ヴィジョン」と言うらしいが。

 この「SV」の確認方法はなんと目を閉じて眉間に意識を集中するだけ。

 一度も試してなかったし、恥ずかしい中二病っぽいワードを叫ぶ必要も全くなかった。

 「ジェノラン」は最初のがオーストラリアのキャンベラにあるブラックマウンテン自然保護区に出現してから一日半経過した現在まで、世界中に八本が出現している。

 日本は二番目。昭和記念公園をほぼまるごと覆う感じに出現。

 三番目はインドのムンバイ。ムルンド処分場という広大なゴミ集積場に出現。

 四番目はロシアのカザン。アラクチノという場所っぽいけど情報はあまり出回っていない。

 五番目はフランスのパリ。フォンテーヌ・ブローの森に。

 六番目はコンゴのブラザビル。イル・メバムーという島に。

 七番目はチリのイキケ。セロ・ドラゴンと呼ばれる砂漠に。

 今のところ最後である八番目はアメリカのシアトル。ディスカバリーパークという公園に。

 出現状況というのが全て同じで、8/8の現地時間8時ちょうどにその上空に光球が現れ、8秒間かけて真下へ落下し、地面へ衝突した瞬間に、その場所に「ジェノラン」が出現。

 それも、何の音も衝撃もなく。

 物理法則をまるで無視していることから、地球外の技術または超自然的な力で造られたと推測されている。

 それを裏付けるかのように、「ジェノラン」出現時点にその出現敷地内に居た人たちは全員、「ジェノラン」からきっちり64m離れた場所に「飛ばされた」からだ。

 日本の場合、陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路とその西側にある建物に居た人たちが、まるで瞬間移動で押し出されたかのように。

 この「ジェノラン」の周囲64m範囲には「聖域サンクチュアリウム」という名前がついている。

 当然、「聖域サンクチュアリウム」内は一時的に国の管理化に置かれ、国の許可がなければ立ち入れない。

 俺の家にでも、だ。

 世界的にどこもそんな感じっぽいが、この「ジェノラン」の出現自体に関してはまだ謎だらけ状態。

 調査をしようにも、触れた人間は「ジェノラン」の「壁」を通り抜けて内側へ、それ以外の生物は「壁」の内側ではなく外側へ入ったのと同じ場所から出てくる。

 非生物は全て「ジェノラン」に飲み込まれたままGPSも届かないようなどこかへ行方不明になるので、通った生物は当然誰もが全裸になる。入れ歯も人工関節も心臓ペースメーカーさえも。

 明確な意図を持っているであろう「ジェノラン」を出現させた何者かからはまだ何の説明もなく、「ジェノラン」内でも何らかの指令なり目的なりは発見されていない。

 ただ入塔者がなんらかの力を得ることから、どこの国でも人員を厳選して探索が開始されているっぽい。

 姉貴たちも、俺が拉致されて測定やら検査やら受けている間に探索に入っていて、出てきて俺と同様の測定なんかをやっている、みたいなことを箕方みかたさんが教えてくれた。

 ラノベかよ、みたいな展開。

 もう一度目を閉じて「SV」を確認する。

 「SV」自体、見え方が人それぞれだそうだが、まず円が見えて、その円の中心から上・右下・左下の三方向へ扇形に広がる色が見える――これが基本。上へ広がるのが水色で「しん」を表し、右下へ広がるのが赤紫で「」を表し、左下が黄色で「たい」を表す――というのが現時点での推測ステータス。

 それぞれのステータスの扇の広がる角度が広ければ広いほど、もとの身体能力を高める効果があるっぽいところまでは検証されているそうだが、俺のSVはなんかちょっと違う気配。

 三方向は合っているんだけど、その扇とやらが細くて色はないというか白いんだ。逆に地の部分の色が、右上が青、左上が緑、下が赤って感じで。

 まあ人それぞれ部分なのかもとは思ったし、「SV」報告については円だけが印刷された紙に「扇を描いて」としか言われなかったので、その白い細い扇を描いた。

 そしたら箕方みかたさんも砂峰すなみねさんも「気にすることないよ。これから広がってゆくから」なんて変に慰めてくれて、ちょっと気まずい。

 そういやキーワードっぽい「8」は「SV」にも関連していて、「ジェノラン」に最初に入った8人だけ、円が二重円になるそうだ。

 実際、俺のもなっていた。

 あの能力っぽいのを授かった人だけに出る二重円に。




### 簡易人物紹介 ###


国館川くにたちかわ 詩真しま

主人公。「壁」の中あちらの調査に夢中。交信能力を手に入れ、鍛えている。ファーストキスは同性の異世界人。


・姉貴

羞恥心<探究心な姉。ご立派。凄まじい雷の力を入手したっぽい。


小馬こうま しづ

母の元同僚。姉以上にご立派な童顔ゆるふわ女子。「壁」の中あちらで遭難しかけてたのを詩真が助けた。


箕方みかたさん

すらっとした長身で眼光鋭い眼鏡美人の三等陸曹。色々教えてくれる。


砂峰すなみねさん

マッチョなお兄さん。陸上自衛隊のカレーに誇りを持っている。

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