#7 観察記録 その1
身体能力がちょっと上がっている気がするんだけど、いわゆる「ステータス」みたいなのは出し方がわからない。
そもそもそういうものが存在するのかどうかも不明だし。
なんでそんなことを考えたかというと、新種生物を発見した興奮で最初は気付かなかったが、この「壁」の向こう側って異世界なのかもしれない、という可能性に今さらながら気付いたから。
この「壁」自体だって謎だし。
「壁」は、通り抜けようとした俺以外、本当になんでも消えちゃうっぽい。口に入れたり、食べた直後に「壁」を抜けると胃袋が空になった感覚を受けるぐらい徹底している。
ということは義歯みたいなのも消えるのかな?
検証者である俺に虫歯がないのでそこはわからないけれど、もしもペースメーカーとか付けていたら厳しいことになりそう。
消えるのは身につけているものだけじゃなかった。
胃の中のものも食べてすぐだと「壁」を超えた時点で消えるっぽい。満腹感があっという間に空腹感に変わったからだ。
それ以上のことはわからなかったので、「壁」自体への検証はこのへんで中断。
次は「壁」の向こう側について。
靴の材料も見つけた。
あの着火剤として優秀だったシラカバモドキの樹皮だけど、剥がしたてだと内側がしっとりしてて、足の裏にあててヒモツタで足に縛り付けると、滑りにくいサンダルになった。
裸足が土で汚れても「壁」を抜ければ消えるんだけど、地面の尖った石や枝に対しては十分に心強い。
生物の新種もさらに発見した。
まずはゴムガエルの新色。
ピンクと黄色の個体なんだけど、そいつらの吐き出すジェルっぽいものは、最初に見た水色のと同じ紫色だった。
なんで小学生用の雨具みたいなカラーリングなのかはわからない。
生物の色や形、そして生態には必ず理由があると感じている。
それはその生物が種として育ってきた環境や歴史の痕跡だと思うからだ。
フラミンゴの体色ピンク色は、彼らの食べているものに含まれている色素のせい。だからもしかしたらゴムガエルはデンキトカゲ以外にそういう色のものを食べている可能性も考えられる。
食べるといったら次は、ハネイモムシ(仮称)。
こいつはデンキトカゲが捕食する、半透明の芋虫っぽい生き物。
透明な翅で空中をゆっくりと移動する。腹脚のようなものが12対あり、体長は10cmほど。
その狩猟がとても興味深かった。
まずピリリたちが『空腹』の情報をハネイモムシの群れへと送る。
するとそのうちの何匹か――見た感じ、全体の中では比較的小さな個体が何匹か、ピリリたちの所へとやって来る。その一匹ずつにピリリたちは複数体で食らいつく感じ。
そして面白いのは、他のデンキトカゲの群れが近づいてきたとき、先に捕食していたピリリたちが他の群れとハネイモムシとの間に割って入った。
やがて他の群れは去って行き、ハネイモムシたちもどこかへ飛んでいった。
地球の自然界では見たことがない不思議な光景。自分たちの捕食対象を他の群れから守るだなんて。
地球では獲った獲物自体を横取りしようとすることは珍しくないが、他の群れは静かに去っていった。
なんというか食物連鎖全体がバランスを取っているような印象を受けた。
次に見つけた新種は、ピリリたちに次ぐ可愛さのやつ。
サンボンミミ(仮称)は、モモモドキの樹に棲んでモモモドキを食べる小動物。
体長15cmほどで、リスくらいの大きさだが耳だけウサギみたいに長い。
しかも尻尾も耳と同じ形状で、おしりからもウサギ耳が生えているみたいに見える。
手足は六本で、それぞれの手足の間には皮膜のようなものがあり、滑空する。
滑空の際、耳と尻尾はくるっと丸めて棒のように閉じているんだけど、ブレーキ代わりに開くことがある。
また、この三つの耳と尾は三方向へと広げて、高いところからくるくる回りながらゆっくり落ちることにも使ったりする。
あと異世界モノと言えば定番のスライムみたいなのも見かけた。
平べったい胴体に猫みたいな形状の頭が乗っかっている感じ。この状態ではメンダコにちょっと似ている。
なのに移動するときは六本の足をにゅっと出して立ち上がる。そして六本足の猫みたいに歩く。
地球の猫も液体って言われてるけど、こいつはさらに液体みがすごい。なのでミズネコ(仮称)と呼んでいる。
サンボンミミは静電気で話しかけても警戒心が強いのか隠れてしまったが、このミズネコのほうは寄ってきた。
そんで手のひらとか舐めるんだよね。性格は犬っぽいのかも。
ただ、あんまりのんびり舐めさせ過ぎると、指紋が消えかけたので、油断はしちゃいけない危険生物かもしれない。
枝を投げると嬉しそうに取りに行って、くわえて、というか体の中に埋めて戻ってきた。
何度かそれをやって最後にすごく遠くまで投げた隙にその場を離れた。
ピリリたちに尋ねると、ミズネコは縄張りから外に出ないらしく、自分より小さな生き物なら『食べる』ということがわかった。
当然、ピリリたちはミズネコの縄張りへは近寄ろうとはしなかった。
そうそう。
ピリリたちとのコミュニケーションはさらに回数を重ねた。
最近の気付きは、彼らが人称を気にしないってこと。いつも群れで行動しているから、なのかな?
ピリリたちにも巡回する縄張りのようなものがあり、その外側へ俺が行こうとしたときにはついてこない。
あと『ひとり』という概念を伝えると、しばらく行動を別にしてくれるようにもなった。
このコミュニケーションは、トイレのときに重宝した。
とにかく静電気能力は便利だった。
自分自身に静電気で単語を送ると、その単語についての一番の思い出が脳内再生されることにも気付いたし、森の中でも方向が常に分かるせいか迷うことはなかったし。
そういや向こうはずっと明るいままだった。一日の長さが違うのか、それとも白夜みたいな状況なのか、わからないけれど。
俺はこうして本当に楽しみつつ興味深い時間を過ごした。
あまりにも夢中になり過ぎて、すっかり油断していた。
だから、姉貴たちに遭遇したとき、すっかりうろたえてしまったのだ。
### 簡易人物紹介 ###
・
主人公。姉と珠のいつものムーヴに辟易し、
・姉貴
羞恥心<探究心な姉。ご立派。凄まじい雷の力を入手したっぽい。
・
元幼馴染。話が通じない。すぐに変態呼ばわりしてくる。視界を奪う黒い玉を作れるようになったっぽい。
・眼鏡さん
姉貴の学校の人っぽい。良識も考察力もありそう。
・デンキトカゲ
静電気を介してコミュニケーションをとる六足トカゲ。ヌノススキの穂やハネイモムシ(仮称)を食べる。一番懐いている個体に「ピリリ」と名付けた。
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