第四章:記録されない日記

朝。

目が覚めると同時に、私は手探りでスマートフォンを取った。

画面には——また、あの数字があった。


10月26日(金)


……やはり、また金曜日。


けれど、もう驚かなかった。

むしろ、当然のように受け入れている自分がいた。


私は机に目を向けた。


——日記帳は、なかった。


「……また、消された」


そう呟くと、胸の奥がひどく冷たくなった。


記録しても、残らない。

書いても、痕跡は塗りつぶされる。

それでも、“書いた”という感覚だけが、どこかに確かに残っていた。

それだけが、私を繋ぎとめていた。


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その日、私は“介入しない”ことを選んだ。

観察するだけ。記録するだけ。


午前の授業。

廊下を歩く生徒。

リサの髪型や、先生の話す順番、黒板の書き方まで——


昨日、一昨日とまったく同じ。


私は授業中のノートに、教科とは関係のないメモを書き続けた。


  ・リサは、同じタイミングで笑う

  ・昼休み、屋上に行く男子の人数も同じ

  ・教室の時計は、1分たりともずれていない


まるで、何度も巻き戻される映像の中に取り残されたような錯覚。


でも——違った。


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午後、ふと視界の端に“ノイズ”が走った。


——今までにはなかった現象。


「変化?」


胸の奥で何かがきしむ音がした。


私はすぐに立ち上がり、廊下に出た。

そして、図書室へ向かう。

何かがそこにある気がして。


静かな図書室の奥。

昨日と同じ本棚に目を向けると——


一冊だけ、背表紙が反対向きになっていた。


私は手を伸ばし、慎重に取り出す。


『空白に書かれたもの』


思わず声を漏らしそうになった。

以前、確かに見た。けれど、昨日はなかったはずの本。


ページを開くと、文字は読めるがどこか歪んでいた。

視線を滑らせたとき、1枚のメモが挟まっていることに気づいた。


それは、はしきのような文字でこう記されていた。


  《この時間、二度目だよね?》


私はその文字を見て、指先が震えた。


——これも、前に見た。

それは「既視感きしかん」ではなく、“記憶の断片だんぺん”だった。


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図書室を出ようとしたとき、背後で誰かが言った。


「……また、ここに来たんだ」


私は振り返った。


誰もいなかった。

それでも、その声は、白川実果のものだった気がした。


どうして? 彼女はもう……

いや、そもそも、彼女は“いた”のか?


記憶の中で確かめようとした瞬間——

頭の奥が強く締めつけられるように痛んだ。


「やめて……」


私はその場にしゃがみ込み、痛みに耐えた。

けれど、その痛みの中に混ざって、微かに“映像えいぞう”が浮かんだ。


それはまるで、記憶の奥底からこぼれ落ちた“感情の残響ざんきょう”のようだった。


崩れかけた校舎。

夕焼けに染まる空。

そして、誰かがひとり、泣いていた——

その映像が、現実よりも鮮明に胸に焼きついて離れなかった。


________________________________________


帰宅後、私は新しいノートを取り出し、再び日記を書いた。


この日が、三度目の10月26日であること。

図書室の本。

誰かの声。

そして、実果の気配。


  【10月26日(金)・三日目】

  本の中にあったメモは、前に見たものだった。

  この世界は繰り返されているだけじゃない。誰かが記録を“消している”。


でも、それでも——私は“痕跡”を残す。


たとえ、明日またこのノートが消えても。


私は、この記憶だけは、どこかに刻みつける。


私が、確かに“ここにいた”という証を残すために。

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