第6話「並んで座る、ロングシートの距離」

 11月の風は、まるで朝一番の電車のように、きびきびと吹き抜けていく。

 僕は駅のホームで、その風のなかにいた。


 用もないのに、ぼんやりとベンチに座っていたのは、姉の澪さんにふられた直後、心のどこかに空白ができてしまっていたからかもしれない。


 「ねえ、もしかして……相原くん?」


 その声に振り向いたとき、目の前には彼女がいた。


 **朝倉 柚(あさくら ゆず)**さん。澪さんの妹だった。

 初めて会ったときは、学校帰りに姉の迎えに来ていたのを偶然見かけただけだったけど、なぜか彼女は僕の名前を覚えていてくれた。


 「お姉ちゃんから聞いたことあるよ。まじめで静かな人だって」


 言いながら、柚は隣にすとんと腰を下ろした。


 柚は、姉とは正反対の印象をもっていた。

 髪は明るい茶色で、長い髪をゆるくポニーテールにしている。ふわふわのマフラーとパーカー、チェックのミニスカートにスニーカーという軽やかな服装。駅の風にスカートが少しだけ揺れて、柚はそれを気にも留めず、足を組みなおした。


 「ねえ、ちょっと散歩しない? 近くにね、カステラ屋さんあるんだよ。すっごくおいしいやつ」


 そのまま誘われて、気づけば駅のまわりを二人で歩いていた。

 話題はとりとめもなかったけれど、彼女はよく笑い、よく話した。

 姉のことにも少し触れたけれど、重さはなかった。


 「澪は……変わってるでしょ。でも、すごく優しいんだよ、ほんとは」


 そう言ったときの柚の笑顔に、なんだか僕の心が救われる気がした。


 数日後、駅のロングベンチにまた並んで座ったとき、僕はもう一度、心を動かされていた。


 「柚さん、ぼく……また、好きになったかもしれない。……あなたのことが」


 その瞬間、柚の動きが止まった。


 「……うれしいよ。でも、だめなんだ」


 彼女は少し笑って、でも目元はまっすぐだった。


 「私、知ってるもん。最初にお姉ちゃんを好きだったって。そういうのって、やっぱり切り替えられるものじゃないんだと思う」


 ——また、ふられた。でも、それは、姉妹どちらにも誠実だった証だ。

 柚さんのまっすぐさと、優しさに、僕はまた少しだけ救われていた。


 その夜、模型棚に、もう一両車両を追加した。


 今回は、ロングシートタイプの通勤型客車(103系)。明るいオレンジ色。ドアが多くて、人がたくさん乗る日常の車両。けれど、座席に並んで座るその形は、今日の柚さんとの距離のようだった。


 並んでいるのに、見つめあわない。

 近くにいるけど、交わらない。


 列車はまた、少し長くなった。

 C62の先頭車のあとに、食堂車、郵便車、クロスシート客車、そしてこのロングシートの通勤電車。


 「……六両目、連結完了」


 模型の線路の上を、いびつな編成が静かに走っていく。

 それでもいい。どの車両にも、忘れられない記憶があるから。


 ホームの風の中で、スカートを揺らして笑った柚さんの姿を思い出しながら、僕はまた、次の駅を目指すことにした。

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