第六章 第三幕 それぞれの思い
――――――2024年6月4日23時05分21秒
「そんじゃあ……。私としては、もう終電までやってもらうのもありなんだけど。」
今から30分間となったら、俺も終電ぎりぎりだ。
「明日の通勤時間帯とかでもいいんじゃない?」
江北駅周辺なら、朝7時半ぐらいからでも十分人がいるだろう。
「いや、朝はみんな忙しいので、なかなか聞く耳もたないと思いますよ。」
女性が的確な意見を出してくれる。その瞳は冷静で、復讐の青い炎を静かに燃やしている。
「それもそうね。じゃあ、明日の帰宅時間帯に、18時ジャストに江北駅集合と言いたいところだけど……。」
そう言って、道端のポイ捨てされた、たばこの吸い殻を見るような目で奴を見る。
「そうですね。こいつがちゃんと来るかどうかが問題ですね。」
女性がそういうと、二人そろって俺に期待の目を寄せる……。
――「え……。俺がこいつ、無理やりにでも連れてくるの?」
二人は同時に、大きく、何度もうなずく。
「そ…そこまでしなくても……ちゃんと来ますっ!」
しばらく声を出さずに怯え縮こまっていた奴の喉から発せられた言葉は、恐怖からか、少し上ずっている。
「「言ったな……?」」
綾乃と女性が奴に睨みながら言うと、奴は何度も額を地面にたたきつける勢いで頷いている。
「まあ。私はこの人の家知ってますので、締めようと思えばいつでも締められますから……。」
度々出てくる女性の発言は、どこか本気で、危ない気がする……が俺には止められそうもない。さっきも奴を灰にするのを止めたのは、綾乃のおかげだったし。
「よし……。それじゃあ、明日の18時に駅前集合ってことで決まりだね。」
これで奴の刑の執行が確定した……。こんな状態で過ごす夜は、どんな夜なのだろうか……。きっと、死刑執行を待っている囚人のようで
――想像もつかないほどの地獄なのかもしれない……。
「では、明日また会いましょう。」
そういって俺らに微笑むと、帰っていく。
「そういえば、あなたの名前聞いていなかったっ!」
綾乃が今更ながら女性に名を問う――
「名乗るほどの者ではありません……。」
俺らに背を向けながら話すその姿には、どこか心に虚しさがあるのが感じ取れた。
「それ私のセリフじゃないっ?」
まあ、確かに助け舟を出したのは完全に綾乃の方で、女性の言ったセリフは、助けた側が言う方がかっこいい。
――女性は微笑んで答える……
「
「いや、名乗ってんじゃん……!」
すさまじい速さの綾乃のツッコみに、はるかさんは笑う。
――「そうですねっ。一度言ってみたかっただけです……ふふっ――。ところで、あなたたちのお名前は何と言うのですか?」
よくぞ聞いてくれたと言いたげな顔をする綾乃は、すぐにキメ顔になる。
「名乗るほどの者じゃありませんよ。」
「いや、お前は名乗れよっ。それにさっきあいつがお前のこと言ってたから、お前から直接名前を聞きたいんだろ。」
口から勝手にツッコみが出てしまった……。流石にでしゃばったか……?
「綾乃さんは……そちらの男性と本当に仲が良いのですね…。」
感心したような笑顔と頷きで言う。
「こう見えても、高校からの付き合いですからね。」
意外にも綾乃は、はるかさんの言葉を気にしていない。俺もそこまで神経質になる必要はないということだろうか……。
「そうなんですね。ですが……。お二人はお付き合いしているわけではなさそうですが――。」
――「あぁぁーええとー。」
棒読みの綾乃が、俺に空気を読んで答えろと言いたげだ。
――「ただの同級生ですからねっ。同窓会とかで話す機会が多いくらいでっ。」
俺の回答に何かの空気を感じ取ったのか…はるかさんは踵を返す。
「では、私はこれ以上ここにいても、あなたたちお二人のお邪魔になってしまいますので……。失礼します。」
「あっ、ちょっっ!」
勘違いされたようで引き留めようとするが、すぐに闇夜へと溶けていった。
――「なに?なんか勘違いされたの…嫌なの?」
本心を見透かされているようで居心地が悪いが、仕方がない。自分で自分の首を絞めたようなものなのだから。
「嫌ではないんだけど……。事実と異なる認識で俺らとはるかさんが話すと、周りにも誤解が生まれるかもしれないじゃん?」
これはお互いのためでもある。
「確かにね……。私も、彼氏に浮気されて別れた直後に、元カレと付き合い始めた噂なんてまっぴらごめんだしね……。」
それはそうだろう。そんな噂が立てば、綾乃が悪者扱いされる可能性だってある。それは俺にとっても嫌なことだ。
「んじゃあ。別々で帰ろうか。変な噂避けるためにもね。」
そういうと、綾乃が俺の肩を、かなり強く引っ張る。
「おいおい……今度はなんですか?綾乃さん……。終電まずいんですけど……。」
そういうと、綾乃は顔を伏せながら言う。上から照らされているせいで、綾乃の顔がはっきりとは見えない。
「あのさ……。こんな時間に、こんな危なそうな夜道に、女の子ひとりで帰らせるって言うの……?」
それもそうだが……。噂のことはいいのか……?
「どうすんだよ……。俺と並んで帰ってるの、誰か知ってる人に見られたら……。」
――無言で綾乃が渡してくる。黒のシンプルなキャップだ。
「これ、あげるから……。深めにかぶって目元見えないようにして歩いて。」
そういうことか。今の俺の見た目で、目元が見えなければ、同級生に見られても大丈夫だと判断したのだろう。
――「本当にいいのか……?」
小さく頷くその姿は、我儘な子供みたいで、断るなんてできるはずもなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――――2024年6月4日22時36分16秒
ふと時計を見ると22時半を超えていた……。
「あいつらどこまで歩くんだよ……。」
そう思ったのが口に出てしまい、慎一たちに気づかれたのか、二本先の電柱近くを歩く二人の足が止まる。
「まずいっ。こっちいったん入ろう。」
そういって、憲弘とわき道に入る。
――「おい何してんだ?」
―――ビクッ<<<<
はっきりではないが、ここまで聞こえてきた。一瞬俺らのことかと思い、体が反応した。
「誠也ビビりすぎだろ。」
いやいや、尾行してて今のセリフが聞こえたらびっくりするだろ。
「逆にお前は緊張感なさすぎ。」
ここまで来てバレたら慎一たちに何か言われる。そう思って、黙って二人を見続ける。
――「そうよ。彼は私の高校時代の元カレ、現浮気相手だよ。」
「えぇーーーー!!!」
隣で憲弘が驚く。
「あいつガチかよ!」
そんなわけないだろ。憲弘にチョップを食らわせる。
「いたっ!なんで?!」
「いいから黙ってトラブルにならないように見とけ。」
憲弘にくぎを刺すと、流石に静かになった。
一方で、
――かなり複雑な状況っぽい様子には見えるが、意外と単純なようだ。綾乃の隣に立つ女性は、慎一の近くでひざを折る男に憤慨しているのがよくわかる。
――足を塀ブロックに突き刺しているのを見て、怒っていないと思う方が無理がある……。
「おい。手が出ないかどうかだけ、よく見とけよ。」
「わかってるって……ふわぁーあ。そんなことあったら警察沙汰だし……。」
あくびしながら返事をする憲弘はスマホを手に取る。
「一応撮っておく?」
「フラッシュ炊かないように、音でないようにな。」
憲弘は慎重にカメラだけ出して撮影する。
「おっけ。あとで慎一に何してたのか聞いてみよ。」
実際どんな状況なのかは聞いてみたい。が……尾行について話すべきだろうか。
「まあ、尾行のことバレても大丈夫だとは思うけどね。」
楽観的な憲弘はいつもこんな感じだ。
――とりあえず、目の前のことに集中しよう……。
――――――同日23時07分38秒
「あの三人結構話してんな。」
そういう憲弘はさっきまでの退屈そうな口調ではなくなっている。
「たしかに……。慎一があそこまで、全く知らない赤の他人と、綾乃と一緒に話してるのは、本当に久々に見た気がする……。」
実際そうだ。慎一は綾乃と別れた、高3の三月以来、何も連絡も取っていなかったし、高校の同窓会ですら、二人は話していなかった……。
「というかさ、あっちの女性……結構かわいくない?」
そういうことか。憲弘が退屈そうじゃなくなったのは、女性の顔が街灯ではっきりと見えたからか。
「たしかに……憲弘の好みかどうかは知らんが、普通にかわいいと思う。」
セミロングの黒髪に、細く長い脚、そして、少したれ目に眼鏡。
「やっぱり眼鏡の子は、眼鏡をはずした瞬間のギャップがいいんだよなぁ。」
確かにそうではあるが、そういうことを言っている場合ではない。
「慎一……綾乃のおかげで変われたんだろうな。」
憲弘が急に真面目な顔になり、感慨にふけっている……。珍しいこともあるものだ。
――そこへ、女性が俺らのいる方へ戻ってくる。帰るのだろうか、ここで見つかってはまずい……。
――「おい、もうちょい奥いけ。」
――「何をされているのですか?」
やばい……。バレた……。思ったよりも女性は歩くのが速かった。
「い……いえ……。急いで帰ろうとしたらこの辺でカギを落としたらしくて……。」
「それは、大変ですね……。私も手伝います!」
心が痛む……。思いっきり嘘をついた……。
「あぁ……。」
憲弘が――
「嘘ですよ。さっきそこで起きたことを見てただけです。あそこにいる茶髪の女性と、隣に突っ立てる冴えない男は友人です。」
そういうと女性は少し困った表情をする……。
「じゃあ、さっきまでの私の醜態を見ていたのですね……。」
本人からすればそうなのかもしれないが、なかなか勇ましくてカッコよかった。
「いえ。そこは見てないです。」
憲弘がはっきりと言うが、女性は本心を告げる。
「大丈夫ですよ。私……。誰かが見てるって気づいていましたから。何かが起きないように見てくれてありがとうございます。」
女性は頭を下げる。
「べ…別に感謝されるようなことは……。」
俺が言いかけると――
「じゃあ、お礼に。二人と何を話していたのか教えてくれますか?」
憲弘が割って入る。
――――そうすると女性は、彼氏が浮気していたこと、その浮気相手が綾乃だったこと……慎一が綾乃の現浮気相手として一役買ってくれたこと……。そして、元彼の処刑方法を話してくれた。
――「かなり凄惨だな……。」
浮気していたその男に同情する気は微塵もないが…三人でなかなかの案を決めたな……。
「それでも足りないと思いますけどね……。」
そう言い切ると――
「ところで、あのお二人って……付き合ってるんですか?」
そこを聞いてくるか……これは言うべきなのか……?
「付き合ってないですよ。」
憲弘が淡々と告げる。
「そうなんですね……!」
女性が少し嬉しそうにする。
「あの男の人が助けてくれて、すごく助かりました!ありがとうございますと伝えてくれますか?」
「貴女が言った方が、彼も喜びますよ。」
そういうと彼女は、
「はいっ。またお会いした時に伝えますね。」
そして、俺らに手を振って帰っていく。
―――「あの子かわいかったね。」
憲弘は相変わらずだ。
――しかし、なぜ慎一と綾乃が付き合っているのか確認したのかよくわからない。本人たちに聞けばよかったのだろうに……。
考えがまとまらないまま、再び慎一たちの様子を見ようと覗くと、そこにいたのは綾乃と、黒いキャップをかぶった男だった。
――「あれ、慎一だよな……?」
二人並んで、一緒に歩いているのを見ると、彼氏が夜遅くに彼女を家まで送ってくれているような様子にしか見えない……。
――ていうか……。
「そろそろ戻らないとやばいかも……。」
綾乃と慎一らしき人物が、俺らのいる駅方面に向かいはじめる。
「あいつらも気づいてるかもしれないから、急ぐぞ……!」
――綾乃たちに気づかれないように戻らなければ……。
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