第六章 第四幕 貴方は浮気相手なんかじゃないから。
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――――――2024年6月4日23時15分41秒
――――そういえば……誰かについてこられている気がしていて、綾乃に周りの警戒を頼まれていたことを思い出した。
――しかし……
「別に…誰かに追われている感じしないけどね。」
綾乃は周りを警戒しながら俺の横を歩く。確かに影がちらついているような気がするが、思い込みの可能性もある。
「いいから。後ろから刺されないように気を付けて。」
後ろから刺されるなんてこと、本当にあっては困る…。
「誰か思い当たる人とか、いるのか?」
綾乃は、人差し指を顎に付けて考える……がすぐに首を横に振る。
「いいや。全っ然思い浮かばない。元カレは慎一を除いて全員埼玉だし、さっきのあいつはもう反対方面の自分の家に帰っていくのが見えたし……。」
綾乃の横髪が揺れる。
――「ほんとに……。誰なんだろ。」
綾乃のことを疑っているわけではない。こういう時の女性の直感は、たいてい当たっていることが多い。
――「もしかしたら、俺を心配した誠也と憲弘が、探し回ってくれてるのかも。」
綾乃の思い当たる人物がいない――としたら俺の可能性を考える。
「だとしたら、さっきの一幕誠也たちに見られてたってことじゃん……。」
綾乃はため息をつきながら肩を落とす。
「別にあの二人に見られたところで何にも思わないけどさ……。」
そう付け加えて言う綾乃は、見るからに萎えた様子だ。
「でも、仮に………。」
綾乃が俺の仮説に反応する。
「仮に――?」
そうあってほしくない仮定を口にしようとする。
――こういうのは引き寄せの法則とかいって、口にすると現実になる可能性があるが…。
「本当に仮の話だけど……。
――もし埼玉の元カレが愛姫に来ているとしたら……。」
綾乃の様子をうかがいながら言葉を紡ぐ。真剣な表情をしているのは俺も同じなのかもしれない。綾乃の眉間に薄いしわができる。
「――綾乃の今の行動範囲とかわかる人はいるの……?」
最近はSNSも増えており、『Be Realised』なんていう、定期的に投稿しろという通知が来るタイプのSNSもある。そのアプリはインスタグラムとは違って、写真に加工もできないため、現在地が割れることが多々ある。
――「そう…だね……。」
綾乃は一瞬、歩を緩める。俺との距離が空く……。
「そこまで気にかけてくれるのは、私のため……?」
しまった……。質問攻めばかりされるのを綾乃が嫌うことを忘れていた――。
「綾乃のためでもあるし、刺されないように、俺のためでもある。」
なんとか本心を交えて、手振りで場をごまかす。
「そう……。
――慎一が嘘をついていないのは分かった……。けどやっぱり、ちょっと質問ばっかりで怖いかも。」
綾乃はそれだけ言うと、早足になって俺の先を行く……。
「じゃあ、私が後ろから刺されないように、慎一は後ろ。ついてきてね。」
それだと俺が刺される可能性があるが……何とかなるだろう。
―――先ほどの住宅街を抜けて、駅の近くにある寂れたシャッター街まで来た。相変わらずポリプロピレン製であろう屋根の割れ穴が危ない。
「もうすぐ駅だよ。」
しばらく先を歩いていた綾乃が一度止まる。
「もうすぐ駅ならもう大丈夫じゃないか?俺が弾除けにならなくても。」
実際問題、綾乃について歩いていたのは、夜道の弾除け的意味で、それ以上でもそれ以下でもない。だから、流石にここまでだと思って声をかける。
「ねぇ……。ずっと視線を感じるの…。慎一のじゃなくてもっとこう――
嫌な視線。」
その一言が、戦慄と安心の両方を
「ひとまず、俺の視線が嫌じゃないっていうのがわかっただけでも安心だけど。」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?さっきからずっとつけられてるんだよ?」
冷静に考える。
――誠也と憲弘はおそらく、追ってきているのだとすればそろそろ声をかけてくるはずだ。
そう考えていると、タイミングよく――
――「何処行ってたん?」
心配そうな声音で尋ねるのはやはり誠也だ。想像通りのやつで安心する。
しかし、綾乃が反問する。
「え、本当に知らないの?」
酒で口の軽くなった憲弘がすぐさま答える。
「知ってるよ。全部見てたし、聞いたし。
――あとあの女の人誰?めっちゃ可愛いんだけど。」
憲弘が全て暴露すると、誠也が大きなため息をつきながら、観念したような口調で
「全部見てたけど、慎一たちがトラブルに巻き込まれてないかが心配で、ついて行っただけだから…。」
やっぱり誠也はいいやつだ。最初から正直に言おうとしなかったのも誠也なりの優しさだろう……が、
『ほらね』
綾乃が俺を睨みつけながら、声を出さずに口だけを動かす。どうやら俺は、綾乃の地雷を処理するのが下手らしい。全ての地雷が起爆して頭が吹っ飛ぶ。
「んじゃあ……今日はこれでもう解散ですかね。」
自然体な解散を促そうとするも、綾乃に止められる。
「待って。誠也と憲弘はどこまで知ってるの。」
憲弘が弁明するように言う。
「だからさっき言ったじゃん。全部だって。」
「具体的には?」
綾乃が詰問モードに入った。これはちゃんと回答するまで終わらない……。
「綾乃の元カレが浮気してたのと、そいつの浮気相手と一緒に元カレ叩き潰すとか、まあその辺かな。」
誠也が答え終わると、憲弘が追加する。
「あと、慎一が綾乃の現浮気相手役になったこともじゃね?」
結局あれはなんだったのか、よくわからないままだ。綾乃としては、あいつから浮気の話を直接させることを目的にした陽動作戦なのだろうが……。
「そんなこと言った記憶ないけど。」
綾乃が不意に嘘をつく。
「え?でも確かに綾乃の声で、そう言ってたの聞こえたけど……。」
誠也が直接聞いていたのではもう、逃げ道がない…。綾乃はさっきの嘘をどうするのか…?
「そうなんだ…。でも、貴方は浮気相手なんかじゃないから。安心して。」
誰に対しての「安心して」なのかはよくわからない。もしかすると、綾乃自身に対する言葉なのかも知れない。
「ちょっと、高校の時みたいな感じがして、変な気がしただけだから……。」
綾乃は俺に背を向けたまま、誠也と憲弘に向かって言う。俺を遠ざけているように感じるのは、気のせいか……。
「まぁ、ある意味ではいい刺激になったんじゃないか?慎一と綾乃が二人で話せてたみたいだし。」
誠也が空気を変えようとしてくれる。があまり効果はなく、綾乃はすぐに、まだ感じているであろう嫌な視線の主を探ろうと、辺りを見回す。
「さっきからめっちゃ周りみてるけど、誰かと待ち合わせでもしてるの?」
憲弘が素直な疑問を口にする。
「違うの。さっきから嫌な視線をずっと感じてて―――」
憲弘が迫真な顔で言う。
「そういえば――俺ら以外にも黒い服着た男がいた気が……。」
「噓でしょ――!」
綾乃が目を見開く。その瞬間冷たい風が、俺の背筋を撫でる。
――その刹那、黒服の男が風を切って俺の前を過る。手にはステンレスのような冷たく鋭い光沢を放つ―――モノ
「綾乃!」
頭で考える間もなく、勝手に声が出る。そして俺の眼前の空間を裂いた男と綾乃の間に体を入れる。
「お前、誰だよ!」
その問いに男は答えることなく、手に強く握りしめられていたモノが目の前に突き付けられる――
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