『その日、戦わなかった者 ―ドローン技師の戦国記―』

うめたろう|問いの森の住人

第0話 「墜ちた技師」

 山の空気は、湿って重い。杉の枝から滴る水が、運転席の窓を濡らしていた。ワイパーの軋む音だけが、静かな山中に響く。


 「この道、本当に通れるのかよ……」


 助手席の同僚がぼやく。細い山道は、舗装もされておらず、車のタイヤはぬかるみに取られそうになるたびに小さく揺れた。


 目的地は県境の山間部。急ぎの測量案件で、ドローンによる地形データの取得が求められていた。


 雨がやんだばかりの斜面は滑りやすく、慎重に運転していたが、不意に助手席が叫んだ。


 「鹿だ!」


 瞬間、悠はハンドルを切った。反射的な判断だった。


 次の瞬間、視界が回転する。車体が道を外れ、斜面を滑り落ちていく。


 木の枝が砕け、車体が跳ねる。鉄のきしむ音。世界がゆっくりと裏返る。


 衝撃のあと、静寂。


 意識が戻ったとき、車体は横倒しになっていた。助手席の同僚はぐったりとしており、声をかけても返事はなかった。


 ドアを押し開け、泥まみれになって這い出る。肺の中に冷たい空気が流れ込み、肺胞が軋むように痛んだ。


 車体はすでに煙を上げていた。数秒後、燃え上がる炎が金属の外装を包み込んでいく。


 鉄の塊が赤く染まり、火が風に煽られる。


 助けるには、もう遅すぎた。


 そのとき、何かが崩れる音が背後でした。


 振り返ると、そこにはひとりの男が立っていた。白い装束に白髪、手には榊の枝を持っている。


 「生きていたか」


 その声は静かでありながら、どこか底の知れない重みを持っていた。




________________________________________

🗨️作者コメント


「未来を知る者が、戦国で問う──

“戦わない”ことに意味はあるのか?」


ドローン技師が、戦国時代にタイムスリップ!?

“問い”を武器に戦わない道を選ぶ、静かな戦国記。


第1話〜11話、一気読み推奨


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