第2話 名もなき勇者の新ワザ②

「それでは『第9回お悩み検討会』を開催しようと思う。ワザ名が決まらないと負債が貯まってエフの集中力がどんどん落ちていく仕様のようなので、早急に改善しなければならない」


「なにそれ、新ワザって呪いか何かなの? 足めっちゃ引っ張ってんじゃん」


「シッ! フヅキ、本当のことでも言っちゃダメよ」


「皆ごめんよ……僕なんかのために」


 ある町の宿屋の一室。


 夕食までの時間を利用して、現在問題となっているエフの悩み解決に向けた緊急会議が開かれた。

 司会進行役のイゾウはどこからか用立ててきた黒板の前に立ち、シオシオのエフ含め他の面々はベッドに腰掛けている。


「今ワザ名が決まっていないのは3つで良かったな?」

「……なんで順調に増えてるのよ、いい加減にして」エフが頷く横でカナリアがげんなりした表情を見せている。一方イゾウは淡々と黒板に書き込みをし、フヅキはどこか楽しそうにしている。


「まずイメージを共有したい。エフ、どんなワザなのかフリでいいから見せてくれ」


「……ワザ名も刀もなしで出すの恥ずい。ごめん、マジ無理……」


「こんの……! アンタの悩みにウチらが時間を割いて協力しようってのに」


「落ち着くんだカナリア。じゃあ口頭でワザの説明をするでもいいから」


 カナリアが拳と声色をプルプルと震えさせているのをイゾウがなだめながら、エフに別案を提示した。


「じゃあ……最初のワザは相手の頭上に跳躍して、制空権を奪ってからの――」


 エフは3つのワザの特徴を順に説明していった。


「へえ、全部すごそうなワザ! 早く見てみたいなあ」


 フヅキは無邪気に感想を述べて、胡座あぐらの姿勢のままベッド上で跳ねた。


 黒板には『①上空からの一閃』、『②回転しながら切り刻む』、『③素早い刺突』とそれぞれの特徴が簡単に板書されている。


「これって今までのワザとは毛色が違うの? ワタシにはよく分からないんだけど」


「今までのエフのワザは自分の間合いに入った時に力を発揮するものが多かったし、多対一を想定すると心許なかったように思う。つまり、ワザを出す前の位置取りが重要だったんだ。それが自力が上がったことで、今までカバーできなかった位置からも急襲できたり、取り囲まれた状況でも対応できるようになった。あくまで想像だが、足りない部分を補える理に適った優秀なワザ達だと思う」


「じいちゃんの剣術は一対一で勝つためのものだったから、どうしても今の戦い方と噛み合わない場面があったんだよね」


 イゾウは黒板を俯瞰ふかんしながら、エフのワザを冷静に分析した。エフが照れ笑いするのをカナリアはジト目を送っている。


「じゃあ、今までのワザ名に寄せればいいじゃない。ホラ、よく叫んでいる『ナントカ、セイショウ』とか」


「〈烈彗衝れっせいしょう〉だよ。切り上げと同時に一歩踏み込んでから刀を振り降ろす二段構えのワザ」


「あれ便利だよね。切り上げる方向と踏み込み先を変えればいくらでも応用が効くし、初段でも打ち込んだ後でも他のワザに連携できるし」


「お、フヅキはよく分かってるねぇ。“後の先”こそ真価を発揮する……カナリアがよく聞くというのも汎用性が高いからってことだね。厳密には基本の型を崩した場合、派生ワザってことで別の文字を付け足すんだ。〈烈彗衝−匣破こうは−〉とか」


「揃いも揃ってバトルオタク……話が脱線しちゃうからイゾウさん、戻してください」


 エフとフヅキがワキャワキャと盛り上がっているのをカナリアは終始うんざりといった具合で眺めている。


「じゃあエフの持ちワザを整理して、新ワザ名に落とし込む方向で考えてみよう。エフ、今あるワザの名前をこの辺に書いてくれ」


 イゾウに促されてエフは腰を上げ、黒板と向かい合った。


「えーと、他には〈哭雨こくう〉、〈臥竜滅閃がりょうめっせん〉、〈デス・スラッシュ〉――」


「急に横文字!? 待って、そんなの今まで叫んでた!?」


「うん、結構使ってるよ。これは既存のワザを自分用にアレンジしたものだから、名前もそこから転用したんだ。カッコいいでしょ」


「ああ、あのワザもいいよね。〈烈彗衝〉から繋げると出始めの隙をカバーできて、致命傷も狙えるし」


「知らないわよ! あと他のワザと並べるとネーミングセンスが大負けしてるの……どうしてこうなった!?」


「ワザ、まだあるけど……」


「いえ、もういいわ。お腹いっぱいで吐きそう……夕食前なのに」


 カナリアは腹と口とを両方おさえて、そう漏らした。さっきから一人でまくし立てているのもあって、少し疲れが見えてきている。


「うーむ、こうして見ると当然だけどワザの特徴を名前に入れているようだ。一応〈デス・スラッシュ〉も決めワザってことなら、名前の通りだし。文字数にルールは無いのかな」


「イゾウ……よくこの中から傾向を掴もうと思えるわね。でも、エフが自力でワザ名を考えると〈デス・スラッシュ〉みたいな代物が産まれ落ちるのはよく分かったわ」


 この状況でも冷静さを保つイゾウにカナリアは感心する一方で、エフの残念なネーミングセンスに震え上がるのだった。


「そういえば、“天啓”は何か言ってないのか?」

「ああ……そうだね、ちょっと聞いてみるよ」


 ベッド際に再び腰を下ろしたエフは目を閉じて、瞑想状態に入った。


「ねえイゾウ。オレあんま分かってないんだけど、天啓って結局何なの? たまにエフが話しているけどさ」


 エフの様子を不思議そうに見ながらフヅキはイゾウに質問した。


「なんだ、ずっと知らずにいたのか。エフは物心ついた頃から姿なき声を聞いていて、自分が勇者であることを自覚したんだ。以来、この天啓に従って行動をしているってわけさ。全ては魔王を討ち滅ぼすためってことだな」


「これが結構口うるさくってね。きっと中の人、かなり性格悪いのよ」


「それ、カナリアが言うんだ……」「あぁ!?」


 カナリアの剣幕にフヅキは慌てて枕の下に頭を突っ込んで避難した。目の前のやり取りを見てイゾウは苦笑している。


「まあ、ワザ名のことまでアドバイスしてくれるかは分からないけど、勇者がこの状態なのは向こうさんとしても望ましくないはずだしな」


「ぐぅ……」

「……エフ、起きろ」


 周りの騒がしさを他所よそに、エフがベッドに腰掛けた状態のまま寝息を立て始めたのに気付いて、イゾウが短い言葉で起床を促した。


「んあ、ごめん」


「まったくもう……それでどうなの?」


「うん、『ちょうど3つだし、3人にそれぞれ考えて貰ったら?』って」


「天啓って案外軽い感じなんだ……」


 エフの話す内容を聞いて、フヅキはベッド上で胡座をかき直しながらつぶやいた。


「あと、『口うるさくて悪かったな』って」

「ゲッ、聞こえているし」


 カナリアが気まずそうにするのを、他の面々は声を上げて笑った。


「それじゃあ、天啓もそう言っていることだし、割り振りを決めて俺達で考えてみようか。夕飯後、少し休んだらまたここで会議再開ってことで」


 イゾウの提案に3人は頷きあって、ひとまず会議はお開きになった。



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