勇者もツラいんだよッ!?

樋ノ厄見

第1話 名もなき勇者の新ワザ①

 二足歩行の狼のような生物が一刀のもとに両断された。


「……ム?」


 刀のあるじである黒い外套に身を包んだ青年は異形の生物の成れの果てとは背を向け、動きをピタと止めた。


「どうした、エフ?」


 仲間のものと思しき声が近くから飛んできた。


「いや、今……新しいワザを覚えた気がして……」


 エフと呼ばれた青年は刀の鍔元つばもとから剣先までを順に観察しながらそう返答した。


「へえ、すごいじゃないか。それじゃあ、さっそく――」


 剣先の更に先の荒れた原野に目を移す。ふと周囲の喧騒が鼓膜を震わすのに気付き、エフは後ろを振り返った。


「俺らの前にいるこいつらもその新しいワザで何とかしてくれ!!」

「エフ、何ぼーっと突っ立っているのさ!?」

「一人だけ休むなんてずるいよ、エフ!」


 長身の男と細身の女性、年若い少年の3名が口々に不平を言ってきた。

 それも無理のない話で、今彼らの目の前にはエフが倒したのと同種の生物が群れを成して襲いかかってきているところだったのだ。


 長身の男が大盾を持って最前列で攻撃をいなしている間に、女性の弓矢と少年の格闘術で持ちこたえている状況。

 エフが倒したのはそのうちの1体に過ぎなかった。


「――ないんだ」


 エフがボソボソと何かをつぶやいたが、異形達の鳴き声に紛れて聞き取りづらい。


「何? ワザ使えないほど体力減ってないと思うけど。アイテム使う?」


 細身の女性が弓をつがえながら怪訝けげんそうにエフに問うた。他の2人も異形に向き合いながらもそちらの様子を気にしている。


 エフはフゥとため息を一度ついてから、再び口を開いた。


「良いワザ名が出てこないんだ。ちょっとあっちで考えさせてもらってもいいかな」


 一瞬の間を置き、


「 「 「 ……ハアァァァ!!!!? 」 」 」


 だだっ広い荒野に3人の絶叫が木霊した。




* * * *




「あのぅ……弁明の余地を貰えないでしょうか?」


 荒野を越えた先の森の中に休憩に適した場所を見つけ、エフ達はそこで一旦腰を落ち着けていた。


 ただし、エフだけは地べたに正座をさせられている。


「何よ。あの状況で悠長に考え事しだすだなんて、反省以外にすることないと思うけど?」


「まあまあ、カナリアも落ち着いて。コイツも悪気があったわけじゃ無いんだし……」


「イゾウはいつも幼馴染に甘すぎるのよ。だいたいこれが初めてのことじゃないんだから」


 細い腕を組んで頬を膨らませる女性カナリアとそれをなだめるガタイの良い優男イゾウ。


「オレはエフの話、聞いてみたいけどなー。色々言うのはそれからでもいいんじゃない?」


 2人のやり取りを眺めながらも年若い少年はエフの方に体を向けて、すっかり聞く体勢になっている。

 最後にはカナリアも仕方なしとばかりに肩をすくめ、3人でエフの弁解を待つことになった。


「ありがとな、フヅキ。あの時、新しいワザのイメージが魔物を倒した瞬間にはっきりと浮かんだんだけど、ワザ名だけが上手いこと出てこなかったんだ。それが喉元までは来ているようで何とも言えない気持ち悪さだったんだよ」


「そんなのワザを出した勢いでポンと出てくるもんじゃないの?」


 エフの説明に対し、軽いノリで返す少年フヅキ。


「小骨じゃないんだから……」


「にしても、困ったな。エフは攻撃のかなめだから、刀に迷いが生じるのは状態としてあまりよろしく無い」


「出た、エフの状態異常“悩み”だね」


「フヅキ、茶化さないの! ただ、戦況に不利なのは確かなのよね。さっきは一匹一匹が思った程強くなかったから良かったけど、あれからずっと目に見えて集中できていないわけだし」


 フヅキとは対称的に、イゾウとカナリアは事態の重さに悩ましげな様子だ。


「ねえエフ、他のワザはどうやって名前を付けていたの? オレ、ワザ名とか今まで気にしたことなかったからさ」


 フヅキはいかにも少年っぽい興味津々の眼差しでエフに訊ねた。


「そうだな……僕のワザは育ての親のじいちゃんに鍛えられた時のものが原型なんだ。だから元々ワザ名があったり、そこからアレンジした名前にしたりであまり困ったことがなかった。でも今回思いついたのは自分の経験に則したオリジナル性の高いワザだから、今までのルールが適用できそうにないんだよ」


「ふぅん……イゾウもカナリアもワザ名ってそんな感じ?」


 エフの話に感心しながら、フヅキは他2人に顔を向けた。


「俺は盾で守るのが主だからな。隙があればこっちのメイスで殴るけど、ワザ名と言える程のものはないよ」


「ワタシも弓撃つ時、特別な呼び方はしていないよ。そもそもワザ名にこだわりがある方が少数なんじゃないの?」


「そういえば、じいちゃんは拘りがかなり強かったからなあ……60分の1秒に命を懸けろだのなんだのよく言っていたし」


 エフの戦闘スタイルが師匠譲りであるのとは反対に、イゾウもカナリアもワザ名を付ける文化では無いようだ。


「ところでエフって、いつもワザを出す時に名前叫んでいるわよね。あれ、必要なの? 例えば相手に動きを読まれちゃわない?」


「え、だってカッコ良くて気合入るじゃん」


「えぇ……」


 カナリアが素朴な疑問をぶつけると、エフは正座を崩さず当然とばかりに切り返した。あまりにもシンプル過ぎる答えにカナリアは言葉を失ってしまった。


「ああ……ゴメン、説明が足りなかったね。まず先読みされるタイミングでワザ名を叫んでないし、そんな先読みされるようなワザの完成度では無いと思っている。その上でなんだけど、モノは試しで……」


 エフはフヅキを手招きして、何やら2人で打ち合わせを始めた。ちょっとすると、フヅキは立ち上がり皆とは離れた場所に佇んだ。


「何が始まるんだ?」「まあ、見ててよ」


 そうして3人が見守っていると、フヅキはその場で構えを作って一呼吸おき、正拳突き、回し蹴り、両掌底しょうていの三連撃を繰り出した。

 普段の鍛錬の賜物たまもの、若年ながら十分に洗練された動きである。


 イゾウとカナリアが首を傾げていると、フヅキが元の持ち場に戻ってまた構え直した。

 そして同じ連撃が繰り返されるのだが、今度は……。


「あんパンッ!」「食パンッ!!」「カレーパァーン!!!」


 各攻撃に珍妙な掛け声が重なった。イゾウとカナリアは開いた口が塞がらず、満足そうな余韻よいんに浸る少年をしばし呆然と眺めていた。


「ね?」エフがどうだとばかりに一言告げた。

「……何が?」やがて我に返ったカナリアが顔を引きらせてエフに問い質した。


「掛け声というのは大事なもので50の力を80や100にも引き上げてくれる。自分の感性に合ったワザ名ならなおのことだ。しかし、これが気の抜けたセリフだと胆力が入らなくてワザの軸がブレてしまうこともある。今のは悪い例の方だよ」


「……」


 具体例を用いた懇切丁寧な説明を受けてなお、イゾウとカナリアは閉口したままだ。


「なあなあ、エフー! 今、すっごいワザのキレが増したよ。なんか『パン』のところが良い感じがしてさ! 『パァァンッ!』って感じでさぁ!」


 演舞を終えたフヅキが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。エフの説明に反して本人は手応え十分の様子だ。


「あれ、そうなの? まあ……セリフの好みは人それぞれだしフヅキにとっては相性が良かったのかな。とにかく、ワザ名の重要性も僕の悩む理由もこれで分かったでしょ? 授かりものに中途半端な名前は付けられないよ」


「何が授かりものよ。産みの苦しみはそんなもんじゃないのよ、知らないけど」


 エフがひとり満足気に話をまとめるのに対して、カナリアは白い目を向けて言い捨てた。


「それで、実際どうするんだ? 名無しのワザは一旦封印するか?」

「ええ……なんかもったいない」


 イゾウの質問にフヅキが残念そうな顔でそう言葉を漏らす。


「この森を抜けたら次の町だよね。宿に着いてから、この件はゆっくり考えるよ。もう大丈夫。これくらいのことで集中を切らしていちゃ、勇者の名折れだ」


 3人が心配の目を向ける中、勇者エフは胸を張って堂々と答えた。


「それでエフ……さっきからずっとすました顔でいるけど、最後にワタシ達になんか言うこと無いの?」


 エフが腰を浮かせて立ち上がる素振りを見せていると、カナリアが鋭い眼差しと共にいつもよりも低いトーンで問いかけてきた。

 エフはビクンと一瞬体を強張らせると静かに元の正座に直り、姿勢を正してから、


「この度は、私のせいで皆さんを危ない目に合わせてしまい……大変申し訳ありませんでした!」


 勇者の名が一緒に折れてしまいそうなキレイな土下座をキメたのだった。




* * * *




 その後、行軍を再開した勇者パーティは、森の中で魔物と再び相対していた。


「……ムム!」


 エフは大きなカニに似た魔物へ一太刀を浴びせた後、そのまま固まってしまった。


「どうした、エフ?」


 イゾウが敵との間合いを取りつつ、動かないままのエフに訊ねた。


「……今、新しいワザを閃いた」

「まさか……まさかなの?」


 カナリアが一抹の不安を覚えて、エフの方に恐る恐る目を向けた。


「うん……ごめん。またワザ名、思いつかない……」


 エフが申し訳無さそうにするのを見て、他の3人は落胆の表情を浮かべた。


「これってエフがワザを覚える度に状態異常が発生するんじゃない? 力量が上がればそれだけオリジナルなワザも増えていきそうだし……」


「やめるんだフヅキ……分かってても言うもんじゃない」


 フヅキの率直な意見をイゾウは冷静にさとした。その横でカナリアが肩をワナワナと震わせて、


「こんの……ポンコツ勇者があぁ!!!」


 森中にまたもや絶叫が木霊した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る