妹を軟禁したと思ったらいつの間にかただの引きこもりになっていました

清水秋穂

プロローグ

 壁に掛けた時計の針が止まっている。

 時間の感覚も、日にちの区切りも、意味を持たなくなった。

 部屋は静寂に包まれ、外界の喧騒は届かない。


 彼女はソファに座ったまま、ずっと動かない。

 俺の声に反応することも、俯いたまま顔を上げる様子も一切ない。

 でも、ここにいる——俺の側にいる。


 俺は理解している。

 この世界を作ったのは、狂気の愛だということを。

 守るために壊し、

 独占するために閉じ込め、

 それでもまだ足りずに、俺自身が壊れていくことを。


 鏡に映る俺の顔は、以前の俺とは別人のように歪んでいた。

 笑っているのか、叫んでいるのか、わからない。

 ただ一つ確かなのは、

 彼女を手放すことができないという呪縛だけだった。


 時折、彼女の唇がかすかに動き、俺の名前を呼ぶ。

 それは儀式のようで、苦痛と歓喜が入り混じっている。

 俺はその声を頼りに、さらに深く、彼女を縛り付ける。


 外の世界はもう、どうでもいい。

 ただこの狭い部屋で、永遠に二人だけの時間を繰り返す。

 それが、俺の愛の終着点だった。


 誰にも理解されなくていい。

 誰にも止められなくていい。

 これが俺の選んだ道。


「お前はもう、誰のものでもない。俺だけのものだ」


 そう呟いて、震える手で妹の髪を撫でる。

 その感触が唯一のリアルだった。


 *


 兄は熱心に妹の髪を撫でているが、途中で手が絡まって「イテテッ!」と顔をしかめる。


「そ、そんなに毛量多かったっけ?」


 妹は無反応。むしろ寝息すら聞こえない。


「お前、もしかしてずっとスマホでゲームしてるのか?」


 兄の疑惑に妹はイヤホンを外し、ようやく顔を上げた。


「え、なに?暇ならお菓子でも買ってきてよ」


 そんな兄妹のやりとりを聞きつけた隣の家の犬が吠え始める。

 兄の妄想に反して、現実は意外と騒がしい。


「これ、軟禁じゃなくてただの引きこもりじゃねえか!」


 妹がニヤリと笑った。


 ―――二人の終わりなき『軟禁生活』は、兄の思い込みと妹のズル賢さのせめぎ合いによって成り立っているのだ。

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妹を軟禁したと思ったらいつの間にかただの引きこもりになっていました 清水秋穂 @shimizuakiho

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